雨、ときどきセンセイ。
私はその存在を思い出すと、俯いていた顔を少し戻す。
そしてセンセイの背中に回していた手を自分の体の前に持ってきた。
「コレ……」
私がそういって開いた手のひらには、あの銀色のクリップ。
センセイが、「昔恩師に貰ったものだ」と言っていた、宝物。
「こんな大事なもの……。もし私がそのまま持って帰ったらどうするんです、か……」
ふと、気付いた。
私はセンセイの背中から手を外してしまったけれど、それでもまだ、自分はセンセイの腕の中にいることに。
「それは絶対ない」
断言したセンセイを再び私は見上げる。
ドクン、と大きく胸が鳴る。
そんな優しい瞳で、そんな温かい手で。
全てを包みこまれている感覚に、眩暈を起こしそう。
きっと私は、頬が赤く染まってきていると思う。
そして震える唇を動かして、懸命に平静を装う。
「す……ごい、自信……」
すると、センセイはニッと笑って私の腰をさらに引いた。
「――俺の計算、なめんなよ?」
……そのセンセイの計算に、私は自惚れてもいいの?
「こ、答えの候補が、複数あって、私にはわかんな」
「こんな状況で、答えを複数も持ってるお前の方が俺にはわかんないけど」
片手で腰を支えられて、顔に落ちてきた長い髪を梳かすようにセンセイが私の髪に触れる。
「あの瞬間(とき)こうしてたら、教師に戻る自信がなかった」
『あのとき』――……。
あの、2度目の雨の駐車場の……?
「……今日までに、私の気持ちが変わってたらどうしたの?」
意地悪じゃない。
ただ単純に、そんなことを聞いていた。
「そうなってたら、俺の人生最大の計算ミスになってたな」
苦笑してセンセイが言った。
そして目が合うと、私はゆっくりと背伸びをして、センセイは私を優しく引き寄せる。