雨、ときどきセンセイ。

え……?

「諦めろ」って言うのは、私に言ってるの……?


あまりに私の方を真っ直ぐと、今も見つめてセンセイは言ったから、そう思わざるを得ない。

ざわつく胸を抑えるように、息を止めてことの成り行きをただ傍観していた。


「『諦めろ』? 誰が何をだよ?」


水越が若干イラっとした口調でセンセイを問い質す。
そんな言い方をされてもセンセイは全く変わらない。

ふっと小さく笑みを溢して、センセイが答えた。


「決まってんだろ。お前が吉井を、だ」


静かな音楽室に聞こえたそのセンセイの言葉。
聞き間違いじゃないかと、自分の耳を疑った。

何も言えずにその場に立ち尽くしていたら、水越とセンセイはまだ話を続ける。


「……は!? 今さらなに」
「『今さら』……ね。お前にはそう感じるだろうな」


センセイが苦笑して水越に言った。
そしてすぐ真面目な面持ちになる。


「現実は色々と……甘くないからな」
「どういう、意味」


水越が完全に私に背を向けてセンセイに聞き返す。
その疑問にもセンセイは真顔で答えた。


「“今日、この日を待っていた。”って言えばわかるか?」
「――今日、を……?」
「生徒(お前)らが俺をどんな人間だと思っているかは知らないけどな。俺はこういう人間だ」


そう説明しながらセンセイは私の方に近づいてくる。
水越はその動きを追うように体を回してセンセイを見る。


「一歩踏み出したら、自分でも止められない。不器用な……ただのひとりの男だ」


そう言いながらセンセイは私の後ろに回って、肩にかかる私の髪を掬って口づけた。




< 167 / 183 >

この作品をシェア

pagetop