雨、ときどきセンセイ。
「水越。お前も数学より国語か」
「はぁ?」
「よくまぁ、そうスラスラと……。いや、でも説得力のある話だな」
センセイがこの場の雰囲気に似合わない笑いを溢して言った。
その『お前も』って、他に誰のこと言ってるのかな。
香川先生? 私?
それとも、センセイの恩師……?
未だに過去の女性に対する嫉妬心。
チリチリと小さなその感情なんて、誰も気づくハズがなくて。
水越がセンセイに突っかかる。
「……異論があるってことかよ」
自分の言ったことに絶対の自信がある。
そんな様子の水越は、堂々とした態度と口調だ。
そんな雰囲気で責められたら…私ならおどおどしてしまう。
けれど、ちらりと振り向いた先に見えたセンセイは、やっぱり相変わらず余裕風を吹かしてるようにみえた。
その私の視線とセンセイの視線がぶつかり合った。
私はドキン、と胸をひとつ打つ。
その意味深な目は、なに?
なにを考えて、なんて答えようとしているの?
だけどセンセイの表情からは、可笑しそうに細める瞳しかうかがえなくて。
瞬きもせずに、センセイを見つめてた。
そうしたらセンセイがその瞳と同じように、くすりと笑いながら答える。
「異論っつうか……そうだな。ひとつ言うなら、俺の教科担当は数学ってこと、か」
「いや、全然意味わかんねぇし」
センセイの言葉に、間髪いれずに水越は吐き捨てた。
けど、その言葉を聞いた瞬間、私にはそのセリフに続く言葉がわかってしまった。
「全ては俺の計算の範囲内ってこと」
『俺の計算、なめんなよ?』
ほら、やっぱり。
一字一句当たったわけじゃないけど、言ってる内容はおんなじ。
センセイはそう言うと思った。
「計算の範囲内……って」
「俺が言ったことに、吉井(コイツ)がどう感じてどう動くのか。今回は自分の計算に自信があった」
センセイは穏やかな午後の陽射しを背に、柔らかな笑顔を浮かべた。
私はそのセンセイに今更ながら、見惚れてた。
「……」
「……悪いな、水越」
唖然として何も言えない水越に、今度はニヤリと片方の口角を少し釣り上げるようにしてセンセイは言った。
「大人(いま)の俺は勝てる試合しかしないんでね」