雨、ときどきセンセイ。
縋り付くような私の視線に、センセイはちらっと目を合わせた。
その後はまた、視線を外して息を吐く。
そんな様子ひとつひとつが怖くて、私の手は震えてた。
「お前の前だと、教師でいることも大人でいることも無理んなっちまってる」
そう言ったセンセイは、私の震える手どころか体全部を包み込んだ。
すぐに状況が飲み込めない私は、抱きしめられるままに。
センセイの肩越しに見えるピアノを、ただ呆然と見ていた。
お互いに何も発さずに。
まるで時間が止まったみたい。
その沈黙を先に破ったのは、センセイ。
「こんなふうに、力ででも縛りつけたいと思ってる。本当の俺は大人でも……まして教師でもない、ガキと同じだ」
「せ、センセ」
「余裕なんて、いつの間にかなかった。中途半端に期待を持たせるようなことをお前に言えば、自分の箍(たが)が外れそうだった。だから……完全に距離を置いた」
言葉を被されたあとは、センセイの表情が見えないまま、その声をただ聞いていた。
センセイの腕の力強さと、温もりと。心地の良い仄かな香りに包まれて見るピアノは一段と綺麗に見えた。
けれど、私はどうしても今のセンセイの顔が見たくて、腕の中で少し距離を取る。
「それって、つまり……?」
「……つまり――そのままの、意味」
「もっと簡略して教えて下さい」
「……音楽室(ここ)の風景はすごく俺の母校に似てる」
自分だけ、私にハッキリ言わせておいて、逃げるなんて!
ちょっと、むっとしてたらすぐに続きが聞こえてきた。
「だけど、気付いたらあの人の幻影がなくなって……違うやつが脳内に何度も現れる」
その内容に膨れていた顔も素に戻る。
顔はそっぽを向いたまま、センセイの瞳がチラリと私を見る。
「居ないはずなのにまるで見えるように…そして聴こえないはずなのに俺の耳には聴こえてくるんだ。……拙いピアノの音が」
『拙いピアノの音』。
それって、私の奏でた音のことで間違いないよね……?
センセイにも私の音が刻まれてる?
私と、同じように。
「……全然、簡略されてな、い」
言われた内容は理解出来る。
それでも、私の聞きたい言葉は――。
「……!」
結局、なんにも聞けずに再びセンセイの胸の中に顔をうずめ、背中に手を回される。
絶対いつか。
ハッキリと言わせてやるんだから。
今は、この熱と音で見逃してあげよう。
密着していたセンセイの胸から、不意に確認出来た逸る心音に、そう思えた。