雨、ときどきセンセイ。
「おはようございます、香川先生。何か?」
センセイのその声と視線は私を通り越して、後ろに向けられていた。
「あ、おはようございます。すみません、まだお話し中のところでしょう?」
私の後ろから柔らかい花のような香りと共に、落ち着いた、優しい声が聞こえてきた。
センセイが、「香川先生」と口にしたから、振り向かなくても誰なのかはもうはっきりしている。
それでも私は反射的に振り向いて、その香川先生を確認した。
「おはよう。吉井さん」
「あ…おはようございます…」
振り向いた先には、今日も綺麗な香川先生が、にっこりと私に笑顔を向けて立っていた。
「急ぐ程の用件でもないので、後ほどでも…」
「いえ。もう大丈夫ですけど」
「え? そうなんですか?」
香川先生が遠慮がちに言ったあと、センセイが「大丈夫」って即答したから、香川先生は少し驚いたような目をしてセンセイを見た後、ちらりと私に視線を向けた。
そんな雰囲気が私には耐えられなくて、ぎゅっと渡されたプリントを抱きしめて体を背けた。
「失礼します」
投げ捨てるようにそう言って、私は碁盤に敷き詰められている職員室のタイルだけを見て足早に職員室から出た。