雨、ときどきセンセイ。

何も用のない生徒がほとんどいなくなった校内を静かに歩き進める。

誰にも見つからないように、足音を極力抑えながら階段を昇る。

4階に着くと、奥へとさらに歩き、ひと気のない薄暗い廊下へ足を踏み入れる。
そしてぴたりと止まって息を潜める。

ゆっくりと、小窓を覗くようにしてドアに触れた手は、緊張しているからか。それともドアがひんやりしているからか。
とにかくとても冷たくなっていた。

ごくり、と唾をのむ音が自分の中で大きく響く。


今日は、見るだけ。
あの、音楽室(ここ)でのセンセイを見るだけ。


そう心に決めて、立っていた。


「あ……」


つい、声を漏らしてしまった。

私は肩の力が抜けてしまって、同時に掛けていた鞄がずり落ちる。
その鞄を肩に掛け直し、そっとドアノブに手を添える。
ゆっくり手を回すと鍵は掛かっていなかった。

自分だけが通れる程しかドアを開けずに音楽室へするりと入り込む。


相変わらず、この教室は夕陽がキレイ。
廊下の薄暗さが嘘のようだ。


私は一人、心でそう思って目を細める。

ピアノの向こう側の窓から射し込むオレンジ色を見て。

そのオレンジ色を遮るものは、今、何もなくて。


「…居なかった、か」


ぽつりと私は無意識にそう漏らす。

そして黒く存在感のあるピアノに歩み寄る。
開いたままで鍵盤がむき出しのそこに、指を一本添えた。


ポーン……。


誰も居ない、その空間に音が響き、消えゆく。

ちょうどその一音を聴き終えた時に、ガチャリと音がした。








< 30 / 183 >

この作品をシェア

pagetop