雨、ときどきセンセイ。
ドクンドクンドクン…と心臓がうるさくなって、手が冷たくなる。
「じゃあー…10分ね! はい、始めてー」
教室内を闊歩する香川先生の声が苦しい。
自分の横を香川先生の通り過ぎた後の残り香が胸を痛める。
カリカリと、周りがペンを走らせる音と、秒針の音。
それと、香川先生の足音。
昨日の人は、香川先生…?
もしそうなら、どうして同じような服を今日も着ているの?
「はい。あと5分よー」
その先生の声で、はっとして、急いでプリントを埋める。
余計なことを考えられなくなるように。
目の前の手元にだけ集中して。
「はい。じゃあ後ろから送ってね」
収集されたプリントの自分の文字は、いつもよりも心なしか筆圧が強かった気がした。
センセイ…センセイ…。
センセイの大切な女性(ひと)って、香川先生?
センセイがあの顔を見せるのは、香川先生?
そっと顔をあげて香川先生の方を見てみた。
そしたら運悪く目が合ってしまって。
キョトンとした顔をしてた香川先生が、無言の笑顔を私に向ける。
その笑顔はきっと普段と変わらないはずなのに。
だけど今の私には、勝ち誇った、余裕の笑顔にしか見えなくって。
だから、つい…ふいっと不自然に顔を背けてしまった。
それでもその1時間は、私の視界にチラチラと赤い色が入っては心がズキンと音を立てた。