すいそう
目が覚めたのは保健室のベッドの上だった。ぼんやりした頭の中で教室のざわめきが響いている。ああ、目が覚めたのね。保健室の先生の優しい声が聞こえる。どうやら僕は教室で気を失ってしまったらしい。意識がはっきりしてくるにつれて先程までのもやもやとした腹にたまった感覚が一気に現実味を帯びてくる。屋上の貯水槽。それが脳裏をよぎった瞬間、ひどく焦った不安に背中を押され、僕ははじけ飛ぶように保健室を飛び出していた。崩れ落ちそうな下半身と、その上に重くのしかかってくる上半身を引きずりながら階段を駆け上がる。荒くなる呼吸に比例して酸素が回らなくなる頭で自分の運動不足を呪いながら上階を見やれば、屋上の入り口には大勢の大人たちが集まっていた。大人たちのざわめきと酸素不足、めまい、吐き気、重い身体、青い空、僕を取り巻く全ての環境が目の前の景色をゆがめていく。貯水槽。石のおもり。水草。膨張。何でこんなこと。水死体。グロい。水死体。すいしたい。ちょすいそう。野次馬と化した教師たちのざわめきを押しのけて僕は「あの子」に駆け寄ろうとした。瞬間、後ろから腕をつかまれる。振り払おうとした。あっけなく、正面から体格のいい男に取り押さえられる。「あの子」のところへいかせてくれよ。必死の抵抗もむなしく、僕は屋上から追い出されてしまった。