菜の花の君へ
智香子は和紗が自分よりもずっと和音のことをよく理解していることに、驚いていた。
仕事もプライベートも知り尽くしているかのように、説明できてしまうのが不服な気分になってしまう。
「場所貸しと画廊の儲けはバッチリといただくだけのことだ。
個展だっていちばんいい場所でやるわけじゃないしね。」
「いい場所ってあるの?そういえば最上階が・・・見せてもらえなかった・・・。」
「そう。最上階には何が置いてあるのか・・・だけど、それは彼のいちばんの力作の絵が置いてある。
先日、こっそりのぞかせてもらったけど、同じ女性の顔ばかり。」
「それってもしかして・・・。」
「ああ、君のお母さんの絵だ。
どうも画家っていうのは、お気に入りの女性を額縁の中に押し込めたいらしいね。
黒田も和音も・・・はぁ・・・。」
「えっ?和音さんも何ですか?」
「あ、いや、深い意味はないよ。ほらあの料理屋に飾ってあるアレ・・・あれもいちおうね。お気に入りってことでさ。」
「ああ・・・あれはびっくりでした。
ずっと和之さんに畑に入っちゃいけないって意地悪されていたんだって思い込んでいたから。
和音さんから、和之さんだと私が思ってたのは実は近くに来ていた和音さんで私が蜂に刺されるからって入るなって言ったなんてぜんぜん知らなかったんですもの。
あの絵だっていい絵だなぁって他人事だったのに、まさか自分の小さい頃だったなんて・・・。」
「和之はあの絵のことを君に説明してやれないってこぼしていた。」
「和之さんはあの絵の中の女の子が私だと知っていたんですか?」
「もちろん。正確には、和之が知ったのは君と暮らしてからだけどね。
料理屋で絵を描いた人物をきいてしまったから。
ろくに君と話もしたことがない弟が君の絵をあそこまで愛情深く描いていたことに嫉妬していた。」
「えっ!!絵を見て嫉妬ですか?」
「まぁ、和之にとっては自分だけ母親に捨てられて、弟は大きな家で母親と暮らしていたっていうだけでも悔しかっただろう。
そのうえに君まで・・・っていうとね。
だから、君と家族になって結婚をあせった。
そして俺を弟の秘書にしたんだ。」
「和紗さん・・・そこまで和之さんのために?」
「あははは。そこまでしなくってもいいんだけどね、俺は和之の戦友だからさ、施設でいっしょに2人でつっぱってたよ。
でも、家族にはなれなかったなぁ。
俺は天涯孤独だったから、和之と家族でいいと思ってたけど、彼の思い描く家族はお父さんとお母さんが家庭の基盤になってる家族だったんだ。
それでも俺は和之が気に入ってたよ。
生き方に不器用で、コツコツ努力家で積み上げることに必死な彼の顔を見てると助けてやりたくなってしまうんだ。」
「うんうん・・・それわかる!私がそばにいてあげないと!って思うんでしょ。」
「そーそーー!施設にいたときも、俺はいちばんにおやつにたどり着いてあいつの分をこっそりポケットにかくして持っていてやる係だった。
あいつは小さい子に自分のおやつをあげて自分は粉々になったおやつをなめてるようなヤツでさ。
だから、こっそり隠してたやつをあげたもんさ。」
「和之さんらしくて、いい思い出話ですね。」
「ああ。和之はいいヤツだった。
でも、今の俺は和音を守りたい。
和音は和之の話とはまったく違っていて・・・もっと、もっと早く俺が和音のそばにきていればって思ったくらいだ。
壊れていく母親を見ながら、兄に妬まれてるとも知らず、父親からの暴力と勝手な期待に弄ばれながら会社を大きくした。
休日もとれずに仕事に明け暮れていたときも、忙しい方が嫌な夢を見なくて済むとか言ってね・・・見た目の美しさが悲しすぎるのが彼の魅力みたいなね・・・。
だけど、君と暮らすようになった和音は結婚式の話をしたときの和之のような笑顔が出るようになった。
やっぱり兄弟だな~って思ったよ。」