菜の花の君へ
智香子を羽交い絞めの状態で抱きしめた和音は、智香子のやわらかい胸を手でつかんだ状態でつぶやいた。


「すまない・・・こんなふうになって君に嫌われてしまうからね。
フランスに行くよ。
兄さんもきっとこんな気持ちになったのかなって最近ずっと思ってた。

でも、心のどこかで君が兄さんみたいに僕を選んでくれるんじゃないかって期待してた。

ごめん、寮まで送れないけど今すぐ帰ってくれないか。
でないと・・・。」



「和音さんも素直じゃないなぁ。
もっと早く電話してくれればよかったのに。」


「えっ・・・?」



「1週間来なかったのは京田さんのお仕事を手伝っていたこともあるけど、個展にやってくる女の人たちが和音さんにベタベタ寄ってくるのを見るのが嫌だったからですよ。

それにそういう女性が画廊から出て行くときに私の顔を見て、殴りかかってきそうなくらい怖い顔をして出ていくんですもの・・・。
殺されちゃうかと思うくらい。」



「そんなことは僕がさせない!
絵の感想やビジネスのこと以外は僕は応対していないし、実質的に金銭がらみなことは黒田さんやオフィスの人に任せている。

そんなに智香に迷惑かけていたのなら謝る。
それはきっと僕があの絵に文字を書いたから。」


「文字?」


「気がついてなかったんだ・・・じゃ、しょうがないな。あはは。
とにかく、すぐに帰りなさい。
力をゆるめている間に帰らないと、裸にして襲うよ。」


「裸の絵は描かないの?」


「描かない。他人のは描けるかもしれないけど智香子は描けない。
冷静に絵が描けるほど余裕がないんだ・・・。今もぜんぜんね。
さぁ、早く・・・」



「絵を確かめて来なきゃね。
でも、それは明日ね・・・。
和音さん、私は未亡人なんですよ。
まだ学生だけど、今度結婚したら再婚になっちゃうんです。
そんな女にそこまでいれこんじゃってていいんですか。」


「何が言いたいんだ?
そんなのはとっくに承知の上に決まっているだろ。
それに、気に入ってしまったのは兄さんより先だと思ってる!

僕の方が兄さんより君を先に愛してた。
冷たい檻の中で皆の期待に応えようとしてた僕が憧れた場所・・・。
兄さんが決して代わってくれないことがわかっていた場所。

なのに、君が実際我が家にきてくれたのを見たら、何ていっていいのか。
どう接したらいいのかもわからなくなって、冷たくしか言葉が出なかった。
打ち解けそうになったら、また離れてしまうようで。

でも、僕は智香子を愛してる。
この1週間で自分が嫌になるほど・・・こんな情けないヤツだと思い知らされるほどね。」



「うん・・・和紗さんにそんなことを聞きました。」



「はぁ?」


「和紗さんには和音さんのことをいろいろきいたんですよ。
以前に和之さんのこともきいたから、どうして自分じゃないのかって文句いわれちゃいましたけど。
あの・・・シャワーを浴びてくる間くらいも余裕ないですか・・・。」

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