菜の花の君へ

ときどき和之の結婚の話題が出ることもあるが、いつもいつのまにか笑い話程度で終わってしまう日常に、智香子は少し安心していた。


突然、お嫁さんがやってくるなんてことになったら、独立するとは言っているものの、やらなきゃいけないことがどっさりやってくることになる上、学業とバイトは続けなければならない。


それよりもつらいのは、いっしょに暮らすんだと決意して今の生活に踏み切ったのにその決意が無駄になってしまうのだから。


本音を言えば、和之に結婚してくれと言われたのはうれしかったのだ。
けれど、それを本気で受け止めてしまったら、次の瞬間から和之の顔を見ることはできなかっただろう。



大学に入学して、智香子は心とは裏腹に男性とのお付き合いというものを意識していた。
いつも和之から子ども扱いをされているからという理由もあるが、根本的にクラスメイト以外の男子は知らないのは事実だ。



デートと称した食事や映画鑑賞はしたことはあっても男女の愛を確かめ合うような会話すらしたことがなかった。
和之はそれも知っているだけに、子ども扱いをしたり、おおげさな告白をわざとしたりして楽しんでいるのがわかる。



そんな微妙な日々だからこそ、家族らしい生活を続けていられるんだろうなって智香子は思った。




「なぁ、明日は休みだけど、買い物とか何か用事あるかな?」




「ん?どうしたの。」




「昨日、頼まれたんだけど・・・テニス部の顧問になった先生のおじいさんが亡くなって、どうしても実家に帰らないといけないとかで、俺が試合に引率しなきゃならないんだ。」



「あ~それじゃ出かけるのね。うん、わかった。」




「すまない・・・。あ、男子テニス部の試合だから・・・な。」




「何、弁解っぽいこといってるの?」





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