菜の花の君へ

和音が笑顔でこんなふうに話す様子は智香子は初めて見たような気がした。

食事を終えると、和音は荷物を担いで自室へ移動した。



引っ越ししてまもなく、旅に出てしまったこともあって和音は荷物の整理も同時にやっていた。


(自分で言いだしたこととはいえ、マンションで2人きりで住むのは緊張してしまって逃げ出したけれど、待っていてもらえるってうれしいものだな。


あの畑の菜の花を見て、本気で腹立たしくなったよ。兄さん・・・。)



和音は兄から届いた手紙を破り捨てた。

手紙には、和之が智香子と結婚するという連絡が書かれていた。

そして、過去のことを詫びる言葉もいくつか並べられていた。


『父さんの横暴や母さんの自殺にたったひとりで立ち向かった和音には、本当にすまないと思っている。

捨てられていたことを理由に、我がままを通した俺だけど、智香子と結婚して父親になれたときには、実家のことや会社のこと、おまえのこともいろいろ背負っていけるようにがんばるから、今は見守っていてほしい。

智香子は未だに、菜の花畑でいっぱい遊べなかったと俺に文句を言っているが、そのたびにおまえが俺を捜してくれていたことを感謝している。』



3時間ほど部屋と画材の整理をしたら和音は眠くなってベッドに倒れこんだ。


それからまた30分ほどして智香子は和音の部屋の前にやってきた。



ドアが少し開いたままだったので、中を様子をうかがってみる。
寝息の音がしたので、部屋の中へ入ると、和音がベッドで眠りこんでいた。


「お疲れだったのね。・・・へぇ、けっこう荷物が多かったんだ。
あ、この隙にスケッチブックを拝見っと。うふふ。」



智香子は1週間にしてはかなり多い枚数の絵を描いていたのだと驚いた。

そして、写メで見せてくれた菜の花畑のスケッチも・・・。


「えっ!?写メのと違う・・・。人物が小さな女の子?
それもレストランにあった絵の女の子とべつの子ども・・・。」

そしてその別の子どもが描かれているページの裏に

『僕の女の子はもうすぐ20才になる。』と鉛筆で書かれてあった。


「僕の女の子って・・・。和音さんって子持ちなのかしら。」
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