菜の花の君へ
智香子は菜の花の思い出のことを思い出そうとしたけれど、出てくるのは和之のムッとした顔ばかりだった・・・。


しかし、和之はムッとした表情などしたことがあっただろうか?



「兄さんを追って、君のおじいさんの家の近くにひとりで出かけたときに君を見つけた。

親に内緒でこっそりひとりでね・・・。でも兄さんには会えなかった。
かわりに、畑で女の子を見つけた。
当時の僕にはまぶしくて、うらやましいほど元気いっぱいの女の子だった。

僕は彼女の絵を母に見せて絵をほめてほしかったんだけどね。
そんなことをしたら、屋敷を抜け出したことがわかってしまうし、母を苦しめるだけだって帰宅して思った。
だから絵は料理長にあげたんだ。」



「どうして、すぐに畑で会ったことを話してくれなかったんですか。」



「話したらどうした?兄さんがもどってくるわけでもないし、君の勘違いを正したところで何も変わらなかったんじゃないかな。」



「そ、そうですけど・・・。でも、私の印象は変わっていたと思います。
中務家って大きな屋敷があることも知らなかったし、和之さんに弟さんがいたことも・・・。

私のせいで、和音さんは唯一の身内のお兄さんをとられてずっと恨まれていたんだと思うと、声も出せなくて。

もし、以前に会ったことがあったなんてわかったらもう少し・・・」



「もう少し、どうなってたというのかな。
兄さんは君を大切に思って過ごして結婚した。
死ななければ、この時間はなかった。

ただ、それだけだと思うよ。
絵を商品化するとなったら君に挨拶にいっただろうけど、兄さんが生きて幸せな家庭を築いていたら、僕は君の絵は廃棄処分にしてただろうね。」




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