菜の花の君へ
3日後、智香子は和音から黒田のことをきいて画廊に行くことになった。


「世の中意外にせまいものだったんですね。

あ、私ね、じつはその人のこと見た目は知りませんけど絵はよく知ってますし、お母さんのことが好きだったのも知っています。」



「えっ・・・智香は小さい頃にお母さんを亡くしたんだろ?
それでどうして黒田さんのことを・・・?」



「絵です。お母さんの持ち物の中に黒田さんが描いたと思われ絵がたくさんあったんです。
スケッチブックとその間にはさんであった紙にデッサンがいっぱい。

黒田さんが捨てようとしていたのを無理やり取ってきたんですって。
それはね、お母さんの日記にそう書いてあったんです。

絵を描いている姿がステキだって・・・。
でも、この人は自分といるよりも世界に羽ばたく芸術家なんだって思ってあきらめたそうなんです。」



「そうだったんだ・・・。
あのさ、智香はもしも僕が・・・いや、なんでもない。

さ、もうそろそろ画廊が見えるから。」



黒田画廊に着くと受付の若い女性2人が和音の来訪をとても喜んでいた。

そして、黒田が応接室で待っているということだった。



応接室をノックして入ると、智香子の目の前にいきなりがっしりした体型が立ちふさがった。


「きゃあ!!」


「ちょ、ちょっとオーナー。近いですって!」



「あ、わるいわるい。待ち遠しくってな。

君が智香子さんだね。
ああ・・・ほんとに智子によく似ている・・・。」



「こ、こんにちは。はじめまして。」


黒田は智香子から距離をとって離れたのに智香子がじろじろと顔と体を見比べているような態度をとるので



「何か気になるのかな?
さっきから、値踏みされてるような感じだな。」



「えっ!そんなつもりは・・・ないです。
ただ、芸術家さんっていろんな方がおられるんだなって思って。

なんというか・・・和音さんとはあまりに雰囲気が懸け離れてるようにお見受けしてしまって・・・。

あ、ご、ごめんなさい。」



「はぁ。ひどいなぁ。
肉体労働一筋に見えるって言いたそうだねぇ。

俺は食えない芸術家だったから、ひたすらバイトに精を出していたんだよ。
でも、結局今も絵筆は離せない。
かといって描いたところで和音のように値段をつけてくれる人間もいないからね。

絵でこういう仕事をやるしかないってわけだ。
君のお母さんはかいかぶりしてたんだな。」


「そうでしょうか・・・。
私は黒田さんの絵はすばらしいと思います。
その絵のおかげで、小さかった私の心は孤独とさびしさに壊れなくて済みました。」


智香子がそう話すと、後ろに下がったはずの黒田は再び智香子に接近して智香子を強く抱きしめた。



(え!?何が起こって・・・!)


「きゃっ!」

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