菜の花の君へ

智香子がびっくりして声をあげると和音が黒田を後ろから羽交い絞めにして引きはがした。


「いきなり、セクハラ行為はいけませんよ!」



「あ、あはははは。すま~ん・・・。
とってもうれしくてつい・・・な。

俺の恋愛は実らなかったけど、智子が絵を大切にしてくれていたことはよくわかったし、そんなに俺の絵が役にたったなんてうれしいじゃないか。」



「はぁ・・・黒田さん。
気持ちはまぁ・・・わからなくもないですが、智香が固まってます。」



「ごめんな。初対面のおっさんに抱きつかれたら怖いよな。
ほんとっ、ごめん。」



「は、はぁ。まぁ・・・。それで、お母さんの話をきいてもいいですか。」



「ああ、俺の記憶の限りをお話しよう。」


黒田は智香子と屋上へ行き、お茶を飲みながら話をした。

智香子の母である智子が黒田にたくさん絵をリクエストしていたこと。

デートの度にデッサンしていたこと。

智子の絵を描いているのに、智子の顔をまともに見られなかったこと。

智子と会えなくなって絵が描けなくなってしまったこと。

それでも、絵から遠ざかることができなかったこと。


智子が死んだと知ったときのこと。


黒田はゆっくりと、表情豊かに智香子に話して聞かせた。


そして、和音の絵を見たとき智子がもどってきたのかと驚いたとのこと。


「菜の花の少女を見たときは、どきっとしたよ。
智子が生まれ変わって俺のところにもどってきたのかと思った。」


「私はあれが私だって最近知ったんですよ。」


「自分だって知らないのに、駅前の喫茶店に飾ってあるのを見て、すてきな絵だって見入ってしまってて。」



「そっか。和音の絵はほんとにあいつの優しさがにじみ出ているいい絵が多い。
デザイン画もとても女性ウケするからな。
今までは如月の社長だからってごまかせたけど、フリーになったと広がればここもにぎやかになるかもしれないな。」



「そんなに女性に人気あるんですか?和音さん・・・」


「あれ、知らないの?
あいつは学生のときはテニス部でさ、ものすごい人気だったんだ。

最初ここにきたときは、試合のプレッシャーとか家庭のごたごたとか忘れるために絵を見に来てさ・・・そのときの目がなんともつらそうで、絵を描いてみないかって誘った。

まさか、ここまで上達するとは思ってなかったけど、今ウケするいいセンスを持ってるやつだよ。

けど、まさか智子の娘とつながりがあるとは思わなかった。」


「私もびっくりしています。
夫が亡くなっていなかったら、和音さんとは会うことはなかった気がしますから。」


「ああ、俺もびっくりだったな。
まだ学生の智香子ちゃんがもう未亡人だってな。

いい娘はさらわれるのが早いんだな。きっと・・・。
わるい・・・また余計なこと言ったかな。」


「いえ、もう気にしません。
夫が亡くなったと聞いたときは何もかもがぐちゃぐちゃになってしまって記憶さえなくなってしまいそうだったけど、しっかりしないと!って和音さんに怒鳴られて、もとの自分にもどってこれました。

感謝しきれないです。ほんとに。」



「感謝か・・・。そうだな。」


「えっ!?」
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