ベッドタイムストーリー
部屋に入ったときから、なんだか嬉しくて、落ち着かなかった。
地元では唯一のタワーホテルだ。
ユリは小さい頃から憧れていたが、泊まる機会などあるわけがなかった。
和馬は、カップを手にしたまま言う。
「そんなことないでしょう。
ユリちゃんなら、連れて来てくれる男なんていくらでもいるでしょう。」
ユリは激しく首を横に振り、ポニーテールが揺れた。
和馬の泊まる部屋はダブルルームで、さほど広くはなかった。
部屋の中央に清潔な白いシーツが掛けられたダブルベッドが主役のように鎮座している。
何時の間にか、ベッドに二人並んで腰掛けていた。
「そんなことないですよ。
彼、貧乏なの。国立の大学行くって、予備校行っててバイトも出来ないから、私のバイト代でデートしてるし。
私だって、洋服とか欲しいのに。」
ユリは唇を尖らせ、同い年の恋人の不満を口にする。
彼とは、受験勉強の息抜きみたいに時々愛し合った。
本や洋服が散乱する、散らかり放題の彼の部屋のギシギシいうパイプベッドの上で。
CDの音量を許される範囲まで上げて、彼の親に気付かれないようにして。
彼が終わるまで、ユリは人形のように大人しくしていなければならなかった。
和馬がにっこり笑って言った。
「そう。洋服なら、俺が買ってあげるよ。」
ユリはまだ、きちんと整えていない太い眉を顰めた。
「…なんでですか?」
とっさにユリは、ここに来たことを後悔した。
今まで気にしていなかったのに、デニムスカートの裾を引っ張り、丸見えだった膝を少しでも隠すようにする。
誠実そうな男に見えたのに、援助交際の誘いだったのか…と落胆した。
このままだと、まずい。
どうやったら、この部屋から逃げられるだろう、と考え始めた矢先だった。
おもむろに和馬はザッとベッドから降り、ユリの足元にかしずいた。
「君は俺の運命の女だ。
高校卒業したら、横浜に出ておいで。
一緒に暮らさないか?」
王子がヒロインに求婚するように、ユリの右手を取って和馬は言った。