ベッドタイムストーリー


昔、一度だけお互いの唇を重ねたことがあった。


お正月がとっくに終わった頃、二人で近くの小さな神社に初詣に行った時。

誰もいない。夕暮れ近く。

『こんな時期外れに来るの、
うちらだけだよね。』


お参りを済ませ、二人でおみくじを引いた。

何が出たのかは、忘れてしまった。


神社の脇でおみくじを細く折りたたみ、木の枝に括り付けたあと、降矢が顔を近付けてきた。


琴美は初めてだった。

恥ずかしかったけれど、とても嬉しかった。



横浜でデートした時、雑貨屋でビーズの指輪を買ってくれたこともあった。

バレンタインのお返し、と言って。


千円ぐらいだったけれど、すごく綺麗で、最初琴美は自分で買おうかどうか迷っていたところ、降矢がすっと手を伸ばして、それを奪い取った。


『買ってやる。』

降矢はぶっきら棒に言い、琴美の返事も待たずにレジへ向かった。


男の子になにか買ってもらったのは、
それが初めてだった。




騒がしい立食形式の会場で、手にしたグラスのビールを飲み、琴美は同級生たちと談笑する降矢の顔を見る。


高校時代、彼はルックスは悪くなかったが、決して目立つ生徒ではなかった。

それは降矢がいつも下を向き、黙々と彫刻刀や絵筆を使う少し変わった男の子だったからだ。


今やすっかり経営者としてその手腕を発揮する降矢ケンは、現実的で直接的な男となっていたようだ。



「あいつのお父さん、すげえ喜んでるらしいよ。ケンのおかげで落ち込んでた整備工場の経営状態が良くなって、更に雇用人数も増やしたって。
この不景気に嘘みたいだよな。」


すっかり太ってしまった宇野が、自分のことのように、自慢げにビールのグラス片手に言っていた。



「えー皆さん。
宴もたけなわなんですが、初めての大掛かりな同窓会なので、一人一人が壇上に上がって、近況などを報告して頂きたいと思います。
お名前を呼ばれた方、よろしくお願いします。」


ダークスーツ姿の同級生の司会者がそう提案した途端、会場内の同級生達から、どよめきが起こった。


人前に出て喋ることなど、琴美は大の苦手だった。

一気に憂鬱になった。

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