ベッドタイムストーリー
やがて、琴美の名前が呼ばれた。
震える足で琴美が壇上に上がる。
すると、司会者が『川嶋(香坂) 琴美』と書かれた琴美の胸の名札を指差して、重大な秘密の暴露のように大声で言った。
「皆さん!この香坂さん、あの美術の
川嶋先生とご結婚されたんだそうです!」
(えぇっ!?)
会場内から、えーっと声が上がり、琴美は真っ赤になった。
思いもしない展開に琴美の頭の中は真っ白になる。
卒業してから大分経って、透と再会したので、琴美と「川嶋先生」の結婚を知らない者も多かった。
司会者がフォローしてくれたものの、案の定、しどろもどろのみっともない姿をさらしてしまった。
「次は降矢ケン君。」
降矢は司会者に名前を呼ばれると、「ハイッ」と元気よく答え、颯爽と壇上に上がった。
場慣れた感じに琴美は意外な気がした。
「降矢ケンです。
仕事は自動車整備士です。
三年前、降矢オートを先代から引き継ぎました。整備工場だけじゃなく、ちょっと前から中古車や新古車を取り扱う仕事もしてます。
車のことならなんでも僕にご相談下さい。」
スポットライトを浴びて、やたら堂々たるスピーチの降矢に、仲の良かった宇野が
「どさくさに紛れてCMすんなよ。」
と笑いながら野次を飛ばしていた。
(へぇ…)
降矢は立派に家業を継いでいた。
感心する反面、琴美は複雑な思いを抱く。
降矢が新しい商売に取り組んでいた頃、自分は夫の病いの為、心痛が絶えなかった。
ーその心痛は今でも、細長く続いていた。
本題とはまた別なそれは、琴美自身が派生させた問題だった。
本題とは、夫の鬱状態で、琴美が自ら生み出した問題とは、半年前の同窓会から始まった降矢との関係が止められなくなっていたことだ。
琴美のかつての仲良しグループのクラスメイト達は、まだまだ手の掛かる子供を持ち、
「琴美は子供がいなくていいよねー。」
と笑顔でいいながら、帰って行った。
同窓会の二次会など行く気はなかったはずだった。
なのに、彼女たちと一緒に帰る気にもなれず、なんとなく流れで来てしまった。
カラオケボックスの廊下で、降矢はトイレに立った琴美を待ち構えていたようだった。
白いワイシャツに、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ格好で、パーティルームの出入り口の壁にもたれていた。