ベッドタイムストーリー
ホテルを出る前にバスルームでシャワーを浴びた。
化粧も直した。
男の形跡は全て消した。
それなのに、家の灯りが暗かったことに、安堵する。
それは、透に対する罪悪感ではない。
降矢との初めての夜をゆっくりと反芻したかったからだ。
琴美は怯えながらも後悔はしていなかった。
***
降矢ケンの右手は、絆創膏があちこちに貼られていた。
「手、どうしたの?」
学校で彼女からも、クラスメイトたちからも毎日のように、同じ質問をされる。
ケンはテヘッと笑ってから言う。
「いや、なんか注意力散漫でさ…。」
絆創膏の傷は彫刻刀で、切ってしまった傷だ。
ケンは左利きだから、彫刻刀を滑らせると右の手をやってしまう。
かすり傷から、結構深くグッサリやってしまったものまで計五個あった。
そのうち二個は、彼女の香坂琴美がくれた青と黄の水玉模様の絆創膏だ。
可愛過ぎて、恥ずかしいけれど、せっかく琴美がくれたのだから、貼らないわけにはいかない。
四月になり、三年に進級した。
琴美とはクラスが別れて、ただでさえ、あまりうまくいっていなかったのに、また距離ができた。
喧嘩をしたわけではない。
ただ、なんとなく。
それはケン自身に問題があった。
注意力が欠けっぱなしなのも、記憶を追いかけてばかりいるせいだった。
すっかり舞い上がっていた。
ケンは二週間前、天国に一番近い島へ行った。
あんなに美しい光景を見たことがなかった。
十七歳のケンには、衝撃的だった。
天国があるなどと信じてはいないけれど、天国があるなら、多分ああいう感じだろう、と思う。
雲一つない抜けるような青空。
エメラルドグリーンに光る海。
太陽に反射する真っ白な砂浜。
そして、白亜のコテージの群れ。
熱帯の濃い緑の逞しい植物が生い茂り、風にそよぐ。