ベッドタイムストーリー
絵のモデルが終わって、昼で帰ったはずのユリが、また夕方、校舎の廊下を歩いていた。
『差し入れにシュークリームを持って来たの。』
ユリは笑顔で言った。
純白のワンピースを着たユリを逃したくなかった。
自分でもよくわからない。
とにかく、ユリに相談に乗って欲しい、と自宅の電話番号を教えた。
ユリも電話番号を教えてくれて、時々電話をかけた。
他愛ないことでもユリと話しているとすごく楽しくて時間を忘れた。
ユリはユリで、琴美は琴美。
同列には並べられなかった。
『南の島で、私の絵を描いて。』
そう言って誘ってきたのはユリの方で、いまだにそれが信じられない。
与論島では、旅の恥は掻き捨てとばかりに、不埒なことばかりしていた。
コテージのプライベートビーチでは、ユリの水着のブラジャーのホックを外したり、アンダーを指で引っ張り、中を覗いたりして遊んだ。
ユリがきゃあ、と嬌声を上げて、ケンの手を払い除ける様が楽しくて仕方なかった。
ひと気のない白砂のビーチまで移動してシートを敷き、水着のままで絡み合った。
ココナッツの日焼け止めローションと二人の汗で身体中どろどろになりながら。
誰かに見られていたとしても、平気だった。
ケンは、彫刻刀を手にしたまま、椅子にもたれて仰け反り、目を閉じる。
「…ユリはいけない太陽だ…。」
じりじりと熱い彼女の肌の感触を思い出しながら、呟いた。
「よお。早いじゃん。一番乗りかよ。」
宇野の声で、はっと我に返る。
こんなんじゃダメだ…と思った。
ケンは自分を、戒めた。
自分は表現者なのだ。
鉛筆を使って白い紙に空間を創り出す。
板を精魂込めて彫り、色を付ける。
或いは、ブラシに絵の具を含ませ、紙やカンバスに描くことで、自分の魂や感情を表現する。
それは誰でも出来るものではない。
芸術とは才能あるものにしか出来ない自己表現だ。
未熟なのはわかっている。
でも、若さという勢いがそれを補ってくれると信じている。
才能は、出し続けなければ、腐ってしまう。
だから、毎日、時間の許す限り、描き、彫り続けなければならない…。