ベッドタイムストーリー
白昼夢・重大なルール違反
母は、気丈な女だった。
自動車整備工場の経理や雑務をこなし、カップラーメンばかり食べている若い独身の整備士の身体を気遣い、事務所の小さなキッチンで昼ご飯を作って、食べさせてやったりしていた。
そんな手間を、厭わない女だ。
だが、夫の女性関係をなんとも思わない
妻がいるはずがない。
母が素知らぬふりをしながらも、父の動向に常に目を光らせているのはケンにも分かった。
ケンが中二のある日。
日曜日の夕方だった。
友達と別れて帰宅したケンは、玄関に入った途端、女の大きな呻き声を聴いた。
瞬時に、ただ事ではないことが起こった、と感じた。
慌てて靴を脱ぎ捨て、居間に入ると、奥の六畳の和室に仁王立ちした父と、その前に膝を崩し、うずくまる母がいた。
父に立ち塞がれた母の束ねた髪の毛はめちゃくちゃにほつれ、ケンが部屋に入ってきても頭を下げたままだった。
時々、頭が揺れ、小さく嗚咽しているのがわかった。
呻き声は母だった。
父は、ケンの顔を見るとバツの悪い顔をしたが、どうしたの?とケンが訊く前に言った。
『こいつ、俺の撮った写真、ネガごと捨てやがった。人のカバン、泥棒みたいに漁りやがって。』
…写真?
怒るのはわかるけれど、なんでこんなに修羅場になるんだろう…
詳しいことがわからない今は、何も言えない。
黙ったまま、ケンが背負っていたデイパックを居間の食卓テーブルに置いた途端、母が顔を上げ、叫んだ。
『そんなにあの女がいいなら、私やケンを捨てて、そっちへ行けばいいじゃない!』
涙に濡れた母の顔などケンはみたことがなかった。
『なんだと。お前。ケンの前で何言ってやがる。馬鹿じゃねえのか。』
父は顔面を引きつらせて、母を睨んだ。
『もう、限界よ!ずっと我慢してたんだから!女に貢いで、いいようにされてるのが、わからないの!?どうせ、私とは離婚する、とか言ってるんでしょ?誰がこれまであんたみたいな男を支えてきたと思ってるの!?いいかげんにしてよ!』