ベッドタイムストーリー


母の言葉に、火に油を注がれた父は、激昂して怒鳴った。


『うるせえ!
俺が仕事してるから、お前は生活出来るんだ!息抜きで好きな女と遊びに行って何が悪い!
俺のやることにケチつけるなら、出ていけ!』

そういうと、父は母の肩を足蹴にした。


痛っ…と母が悲鳴をあげ、上半身が畳に崩れた。

それを、見た瞬間、意識せずケンは動いていた。



『やめろよ。謝れ。』


父の右肩を掴み、見下ろしていた。

ケンは随分前から父より背が高くて、体格も良かった。



『ふざけんな。てめーが好きな木彫り出来るのも、俺がいるからだ。』


父は血走った目で、威圧的にケンを睨み付けた。

ケンは怯み、父の肩を掴んだ手の力を緩める。
鋭い眼光に圧倒されてしまった。




子供の頃から、父は偉大な存在だった。

決して大きくはないが、「降矢オート」を経営し、何人かの従業員を雇い、その従業員たちの家族の生活も支えている


整備工としての腕は確かで、顧客の信頼も厚い。


口は悪いが従業員思いで、大勢引き連れて酒を奢ってやったり、一、二年に一度は、慰安旅行を企画し、皆の労を労った。


そんな父を傷つけることは、出来なかった。

母も望んでいなかった。

『ケン、お願いだからやめて…』


涙を流してすがるように言った。





琴美が好きなはずだったのに、今はユリに溺れている。


ケンは思う。これは女好きの父親の血が自分にも流れているからだと。



琴美と一度だけ、キスをしたことがあった。


その時の琴美の困ったような表情を見て、嫌われたかもしれない、と思った。

何も知らない琴美には、罪悪感があった

純真な目で見られると、落ち着かなかった。心が咎めた。




『夫は仕事ばかりなの。淋しいの。
慰めてよ。』


与論島のコテージのベッドの中でユリは言った。



ユリとは束の間の関係だ。

いつか、別れる。そんなに遠くないうちに。



そしたら、また、琴美にキスをする。



勝手だって分かってる。


でも、今は、しばらくこのままでいさせて…。


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