ベッドタイムストーリー
川嶋はケンを見下ろし、睨みながら言った。
「…ユリを脅しやがったな。」
「え?」
あまりに予想外な川嶋の言葉に、ケンは喉が掠れ、間抜けな声がでてしまった。
「ユリが泣きながら、俺に相談してきた。何もかも旦那に話すってお前に脅されたって。誰にだって間違いはある。
ユリは淋しかっただけだ。
俺はユリを苦しめるやつは絶対にゆるさねえ!」
普段の川嶋とは全くかけ離れた早口でドスの効いた口調に、ケンは恐れを感じた。
こいつ、狂ったー
喉がカラカラになった。
「脅してなんかねえよ…ただ、俺は。」
川嶋は、机の上にあった蓋が開けっ放しの彫刻刀の並んだケースの中から、一本、キリを取り出した。
「ただ、俺はなんだ?ふざけんな。ガキのくせに…」
川嶋はキリを持った右手をいきなり大きく振りかざし、トレーシングフィルムを置いた版木にドン!と思い切り突き刺した。
キリは薄い版木を貫通して机にまで達し、垂直に棒立ちになった。
「…」
あまりの教師の奇行に、ケンは声が出なくなり、机の上に置いた両手が震えてきた。
刺されるかもしれない、と思った。
誰か来てくれ、と願う。
それでもなぜか逃げられず、しばらく川嶋と見つめ合う格好になった。
川嶋の唇が歪む。
「ユリと…寝やがって。ガキのくせに。」
絞り出すような声だった。
「え?」
思わず、ケンは問い返す。
「ユリは、俺のものだ…
俺が見つけたんだ…。間違いは誰にでもある…ユリはただ、絵を描いて欲しかっただけだ…」
うわ言のようにいいながら、川嶋の目はみるみるうちに潤み、充血した目から、涙がこぼれだした。