ベッドタイムストーリー
「あら、これ可愛い!買おうかな。」
ビーズ細工の好きな琴美は、赤とクリスタルのビーズを使った指輪を何気なく手に取った。
「昔、ケンが私に買ってくれたビーズの指輪、こんな感じだったのよ。」
「覚えてねえよ。そんなのやめろよ。
今度、本物を買ってやるよ。」
降矢は顔を顰め、ビーズの指輪を琴美から奪い取り、元の位置に戻した。
雨はにわか雨だった。
二人が、江ノ島水族館のそばを歩いている時、琴美は、海の上の空の雲と雲の間に短い虹が出ているのに、気付いた。
海風にストレートの髪をなびかせながら、琴美が目を輝かせて虹を指で指す。
「ケン!見て。虹が出てる!」
「綺麗だなあ…」
穏やかに降矢が微笑んだ。
儚い虹。
どんなに留めておきたいと願っても叶わない。
虹の七色はどんなに美しいものでも、いつかは消えてなくなると、人に物語る。
「虹なんて、久しぶり。」
最後に虹を見たのはいつだったのか、琴美は覚えていなかった。
「俺、虹好きだ。」
空を仰ぎながら、降矢はストレートに言った。
降矢のことは、愛している、というのではなく、愛おしかった。
青春の思い出と同じように。
これだけははっきりと言えた。
自分が愛しているのは、彼ではなく夫の透だと。
それなのに、降矢は琴美を抱く度にその腕の中で琴美を「愛してる」と言った。
それは言葉のプレゼントとして受け取り、琴美もお礼に「私も。」と答える。
それでも癒された。身も心も。
潤いを取り戻せた。
確かに降矢ケンに琴美は救われた。
他の誰かではこうはいかなかっただろう。
透の事も少し、距離を置いて考えられるようになった。
透は陽気が良くなってきた五月位から、鬱状態から抜け出しつつあった。
出勤前は相変わらず、沈んだ顔をしているが、休日になると、元のように元気になり、琴美とスーパーに買い物に行けるようになった。
服薬は欠かせないが、琴美は、以前のように、機嫌よく車を運転する透の横顔を見て、嬉しくて仕方なかった。