ベッドタイムストーリー
代償・復活出来ない夫
目の前にいる長い茶髪の女は黒の目の荒い透かし編みのニットを着ていた。
編み目からは素肌が見え、女が下に黒いビスチェを着ているのがわかった。
こんな話合いの場にそぐわない服装なのは確かだ。
降矢はいつか五歳上の彼女と結婚したと言っていた。 ということは、この人は四十歳ということになる。
悪い意味でも良い意味でも、とてもそんな風には見えない、と琴美は思った。
「あの人、こういうことは初めてじゃないんだよね。
キリがないから気にしないようにしてるけど。でも、二十三万はないわ。
クレジットの明細見て、ビックリよ。
うちだって上の子、来年中学受験するから、お金いるんだよね。 」
降矢の妻は、はきはきとした口調で言った。
美人の部類だが、気の強そうな大きな目に険がある。
琴美の一番苦手なタイプだ。
昨夜遅く、知らない電話番号から琴美の携帯に電話がかかってきた。
いつもだったら、気が付かず、留守電になってしまうか、気付いても通話などしないのに。
「私、降矢の妻ですけど。」
どこか遠くから、電話をかけているかのような、小さなその声を聞いた時、琴美は心臓が止まりそうになった。
携帯を持つ手が震え出した。
「降矢と付き合ってますよね?その事で話したいことがあるんですけど。」
夜の闇から聞こえてくる鈴虫の鳴き声のような声だった。
降矢の妻は夫に愛人がいることに気がつき、行動に出たのだ。
琴美は観念し、「わかりました…」と答えた。
彼女の方からこの喫茶店を指定してきた。
繁華街のメイン通りの一本裏手の雑居ビルの二階にある、昔からあるような喫茶店。
一階の出入り口の階段の横に、ショウケースがあり、色褪せたメニューのサンプルが並んでいた。
店内は意外にも客が入っており、琴美が店に入ると、一つだけ空いていた四人掛けのテーブルに案内された。