ベッドタイムストーリー
テーブルに置かれた封筒を、男はひったくるように手に取り、中を覗き込んだ。
「10万ですか…」
降矢の妻も、男に寄り添うような形で一緒になって除き込む。
「どうしますか?」
男の問いに、降矢の妻は不貞腐れたように言った。
「まあ、いいわ。あと、指輪も返してもらいましょ。換金するからさ。
この人の事務所に郵送して。」
降矢の妻は、ぞんざいに顎をしゃくって合図し、男はジャケットの内ポケットから、小さな紙片を取り出した。
琴美に差し出されたそれには、千葉市から始まり、ヒカリ荘202で終わる住所が、乱雑なボールペン字で記されていた。
その夜、降矢からメールが着た。
[あいつが色々言ったみたいだね。
嫌な思いさせて済まない。
俺の携帯、ロックしてたんだけど、暗唱番号割り出して、琴美の事を知ったみたいなんだ。
あいつとは別れてもいいと思っている。すぐには無理だけど…。
俺は琴美なしではいられない。
今度、いつ逢える?]
お金のことには、触れていなかった。
降矢の妻は、夫に告げていないのだろうか。
もうそんなこと、どちらでもいい。
もう代償は支払った。
始めから終わると決まっていた恋だった。
降矢とのことはもう過去だ。
琴美は返信しなかった。
初夏の土曜の夜、琴美は透とウオーキングに出ていた。
ひと月前から始めた習慣で、土曜と日曜の夜だけ、二人で決めたコースを一時間ほど歩く。
この二年間で透は10キロも太った。
元々、胸板の厚いがっちりした体型だが、すっかりメタボになり、健康診断でも、少し痩せた方が良いと医者に言われた。
体が重過ぎていけない、と透自身が歩くことを決めた。
透の体調は心身共にいい。
普通に朝ご飯を食べて、天気予報をチェックして、夜ご飯のメニューを訊いて、行ってきます、と明るく言って通勤した。
休日は早く起きて、ラジオ体操や一人で近くの堤防に釣りに出掛けたりした。
絵を描くことや、学校の話はしなかった。