ベッドタイムストーリー
ファンタジーと媚薬
琴美がユリの大学の先輩である川嶋透と結婚したと知ると、ユリは口に手を当て、ひぇーっと大声を上げた。
周りにいた客たちが琴美達を見る。
「あの川嶋先輩が!?
十歳も若い元生徒と結婚したの!
やるねえ!」
ユリは体を揺らし、いちいち反応が大きかった。
まるで、ミュージカルだ。
ユリの長い睫毛が、瞬きで揺れることを琴美は思い出していた。
ユリと一緒にいた男が、琴美たちのテーブルに近づいてきた。
濡れ髪に短パン姿の男はちょっと不機嫌そうに
「俺、先に部屋に戻ってるぞ。」
と声を掛けてきた。
「うん。お楽しみはあとでね。」
ユリは男に向かってにっこり笑い、手のひらをひらひらさせた。
男の後ろ姿を見送るとユリは言った。
「私達、実は新婚旅行なの。
結婚したのは、半年前なんだけれどね。あの人、弁護士なの。
裁判が詰まっていて、なかなか行かれなくて。でも、琴美ちゃんに逢えたから、かえって良かったわ。」
半年前に結婚…
一度目の結婚ではないだろう。
琴美はなんと質問していいのかわからなかった。
「そうだったんですか。おめでとうございます。」
当たり障りなく、笑顔でぺこりと頭を下げ、琴美はユリに祝福の言葉を贈る。
あとはユリの言葉を待った。
やたらなことを言って失礼になってはいけない。
ユリはストローでアイスティの中身を掻き回しながら「ありがとう。」と言った。
「琴美ちゃんに初めて会った時、私、既に結婚していたの。
前の夫とは二年くらい前に離婚してね。親権で前の夫と揉めて、弁護士のあの人のお世話になったの。
娘は14歳なのよ。
私、母親のいない環境で育ったから、娘にはそんな思い、させたくなかったの。今の姓はイケタニっていうのよ。」
「あ、…ごめんなさい。」
琴美はプールでユリを水野さん、と呼んでしまった。
身が縮む思いがした。
ユリはいいの、という風に片手を顔の前でひらひらとさせた。