ベッドタイムストーリー
宮崎Phoenix Tower Hotel&横浜ベイブリッジ
「…まだわかんない。」
琴美は俯き加減で答える。
「俺、小四のとき初めて図工の授業で木版画やって、衝撃を受けたんだ。」
降矢が唐突に言い出した。
「へえー…」
木版画。
それなら琴美もやったことがやる。
板を彫刻で彫り、インクを付けて紙に転写する、という作業を図工でやった。
しかし、それで衝撃を受けるなんて、ちょっと理解出来なかった。
「一番ハマったのは、棟方志功。
画集も買った。
中学の時は一日、学校と飯と風呂と寝る以外は、ほとんどずっと
『下絵を描いて、版木削って』ってやってた。猿だね。」
そう語る降矢の黒い瞳は、生気に満ち、輝きを放つ。
「そうなんだ…」
琴美は気の抜けたような返事をしてしまった。
理解は出来なかったが、熱中出来るものに出会い、それを追い求める降矢を尊敬したくなった。
見よう見真似で、鉛筆をかざしたあと、琴美も噴水の絵を描き始める。
蝉しぐれの中、もう降矢も宇野もとっくにスケッチブックに齧りつくように絵を描いていた。
***
宮崎空港から、海沿いの道を車で10分ほど走った場所に、県内屈指のタワーホテルはそびえ立っていた。
既に春休みは終わり、ゴルフ客がメインとなっていた。
ホテル内一階に位置する格式ある和食店。
「宮崎の名物って、どんなものがあるの?」
午後二時過ぎ、ブルーグレーの和装のユニフォームを着たユリは、紺のスーツを着た若い男に声を掛けられた。
とっくに昼時を過ぎたべっ甲色の照明の落ち着いた店内には、彼以外の客はいなかった。
ボールペンを取り出し、伝票に書き付ける準備をしていたユリは焦った。
てっきりオーダーだと思っていた。
「えっとですね…。」
(私にそんなこと訊かないでよ~。)
新米ウエイトレスのユリは、そう思いながらも表面上は平静を装い、男が手にしているメニューを覗き込んだ。
「宮崎では、冷や汁とか…
あと、鶏の炭火焼とか有名です。」
ユリはメニューに載っている文字を指差しながら、笑顔で言った。
「冷や汁かあ…美味しいの?」
男がメニューを広げたまま、ユリの顔を覗き込んで訊くのに、
「美味しいですよ。」とユリは笑顔で返した。
そういいながら、実は冷や汁も炭火焼も苦手で食べられなかった。