ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
「シロ…」
 純白の体を引き千切られて地面に叩きつけられた九朗を見て吉行は絶句していた。彼にとってのシロ、九朗はまるで自分を守るようにして目の前のキメラに突っ込んでいった。そのように吉行には見えた。そう見えたことが正しいのか、それとも単なる偶然かは吉行にはわからなかった。それでも九朗の行動によって吉行が救われたのには違いなかった。
 だが、それはほんの刹那的なものに過ぎないことを彼はすぐに感じたのだった。
 キメラの鋭い目が彼を捕らえていたからだった。それを知ったとたん、吉行の体は凍り付いた。逃げ場のないことを彼の五感は悟っていたからだった。
 周囲にはこのキメラに対してしきりに銃弾を撃ち込んでいる人間達が居た。しかし彼らは怪物の放つ火球によって次々と倒されていた。彼らに助けを求めることは出来ない、吉行はそう感じていた。
 ならば、どうすればこの場を切り抜けることが出来るのか、吉行の生存本能が自らを生かすために全身の神経を働かせていた。そしてそれは近くにキーのついたままのクレーン車があることを彼に告げた。
 逃げることが出来ないのならば、闘うことで自らの活路を見いだすしかない。あのシロであっても闘ったのだ。吉行の中に不思議な勇気が芽生えていた。
 そこへキメラの火球が放たれた。
 それは吉行の面前で大きく弾け、飛び散った。その隙を突いて吉行は無人のクレーン車へと走り出した。
 しかし、その動きはキメラに読まれていた。
 吉行の走る先にキメラの火球が数発落とされた。だが吉行は怯まなかった。次々と落とされる火球の中を吉行はクレーン車に向かって走り続けた。
 それでも無防備に走る吉行はキメラにとって格好の獲物だった。キメラは吉行の行く手に向かって火球を放つと彼の背後に触手を伸ばしていった。
 吉行はそれらを交わしながら数十メートル先のクレーン車に向かってひたすらに走った。足下に散らばった瓦礫に何度も足を取られたが、その距離は着実に狭まっていた。
 あと少し、あと少しで手が届く…。 
 吉行がそう思ったとき、彼の左足に激痛が走った。そして、その足がすくわれたため、彼は地面に思い切り体を叩きつけられた。
 倒れ込んだ吉行がその激痛の元に目をやったとき、彼は足首に食いついたキメラの触手を見た。
 触手は首を左右に振りながら吉行の足に深く食い込んでいく。その度に足に激痛が走る。これを何とか引き剥がさなければ…。吉行は激しい痛みの中で周囲に何か武器になりそうなものを探した。そして自分の腰に下げた工具入れにマイナスドライバーが入っていることに気がついた。
 それならば武器になりそうだ。
 そう思った吉行は右手で腰の部分を探り、一本の大きなマイナスドライバーをつかんだ。
 キメラの触手は吉行の血肉を漁ることに注意を注ぎ、こちらの動きには気づいていなかった。
 その隙を突いて彼は触手ののど元に思い切りドライバーを突き立てた。
「ぎゃあぁぁぁ」
 およそ生き物とは思えない叫び声を上げて食らいついている刃の力を抜いてキメラの触手はのたうち回った。赤黒い体液が周囲に飛び散った。
 その触手に向かって吉行は更にドライバーを突き立てる。何度も、何度も…。
 やがて触手は力尽きて彼の足を離した。
 その好機を逃さず、吉行はクレーン車に向かって走りだした。だが、その気配を感じた他の触手が束になって吉行の後を追った。火球が彼の足下で飛び散った。しかし、吉行はそれに構わずクレーン車のドアを開けると車内に体を滑り込ませた。
 触手が開いた扉に向かって一斉に飛び込もうとしてくる。
 すんでのところでドアを閉めた吉行はクレーン車のエンジンをかける。これまで眠りついていた鉄の獣が咆哮をあげる。
 キメラの触手がその体に牙をたてるが、鉄で守られた車体には微かな傷をつけるのみだった。
 吉行はギアを入れると「動け!」と鉄の獣に命令を下した。地の底から湧き出てくるような咆哮をあげてクレーン車のアームが動き出す。
 キメラの触手の一部がクレーン車に狙いを定めていった。
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