ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
どのくらい経ったのだろう、頬に温かいものを感じて、美鈴は息を吹き返した。
温かいものは美鈴の頬をゆっくりと撫でていく。
甘い吐息が髪にかかる。
美鈴はふっと目を上げる。
そこにはハーリーティの優しい眼差しがあった。
「…」
美鈴はハーリーティの膝の上にいることに気がついた。
「気がついたか?」
ハーリーティが優しく声をかける。
美鈴はそれまで彼女の膝の上にいた犬がどうなったのかと思い辺りを見回すと、それはハーリーティの傍らにそっと置かれていた。
「私は…」
「キメラの思考にやられたのだ」
ハーリーティは美鈴を膝の上から下ろすと優しく微笑んだ。
そうだ、私はキメラの激しい感情に耐え切れなかったのだ。美鈴の脳裏に意識を失うまでの記憶が蘇る。美鈴はハーリーティの瞳を見る。それは変わらず優しい光をもって美鈴の眼差しを受け止めていた。
「あれらの怒りの声を聞いてどう思った?」
ハーリーティの静かな言葉が美鈴の胸に染みていく。
「そして、私の怒りをどう思う?」
ハーリティの声はあくまでも優しかった。
それが美鈴には辛く響く。なぜなら彼女にはハーリーティの問いに対する答えが無かったからだった。
それを読み取っているのだろうか、ハーリーティの瞳が暗く光った。
「お前にはやはり無理なことか…」
美鈴は申し訳な下げに頭を下げた。
「怒っているのは、わかっているんです…。でも、私にはどうしたら、どうしてあげたらいいのか、わからないんです」
その言葉にハーリーティは俯いた。
「お前には酷なことをしたのかもしれない…」
「いえ、そんなこと、ないです…。私達が悪いのですから…」
「私もどうかしていたのかもしれない。なんの責任もないお前に怒りをぶつけてしまったのだからな」
静まり返った中、二人は言葉を交わし続けた。
不思議なことにキメラの感情はこれを邪魔しようとはしなかった。ただじっと二人の会話を聞き入っている、そんな感じだった。だが決して怒りが収まったわけではないことは美鈴にも感じ取ることができた。
「私たちはどうすれば償うことができるのですか?」
美鈴はおずおずと言葉にした。
その言葉にハーリーティは慈悲深い瞳で微笑む。
「お前一人にそれを求めるのは酷というものだろうな…」
ハーリーティの溜息が聞こえる。
「これは大人でなければ解決できない問題だろう?それをお前が背負う必要はない…」
「でも、それでは…」
「いいのだよ。私たちは怒りに任せて事を焦りすぎた…」
その声には寂しさが含まれている。
「お前は危険を犯してまでここに来て私の話を聞こうとしてくれた。あれらの怒りを聞こうとしてくれた。今の段階ではそれで十分だ…」
ハーリーティは寂しそうに美鈴に微笑む。
「私たちはきっと変われると思います…」
美鈴の言葉を、彼女を包んでいる空間が耳をそばだてて聞いている。
「今すぐには無理だと思います。でも…」
言いかけた美鈴の唇をハーリーティの人差し指がそっと触れる。
「もういい、何も言わなくても」
そしてハーリーティは言葉を続ける。
「私はこの魂達を引き連れてあの場所に帰ろう。そしてお前たち人間が変わっていくさまを見届けることにしよう。お前の言葉を信じてな…」
ハーリーティはそう言うと数歩後退り美鈴との間に距離をとった。
「さあ、もう帰るといい。ここもそう長くない…」
そっと何かが美鈴の背中を押した。それは優しく、しかし強い力だった。その力は美鈴の心を包み込み、次第のキメラの心の外側に彼女の心を押し出していった。
そうして美鈴は『紅い菊』の中に戻った。
キメラが消えていく…。
それは陽炎のように揺らぎながら次第にその形を失っていく。
そしてついにキメラは跡形もなく消え去った。
まるでこれまでの破壊がなかったかのように…。
温かいものは美鈴の頬をゆっくりと撫でていく。
甘い吐息が髪にかかる。
美鈴はふっと目を上げる。
そこにはハーリーティの優しい眼差しがあった。
「…」
美鈴はハーリーティの膝の上にいることに気がついた。
「気がついたか?」
ハーリーティが優しく声をかける。
美鈴はそれまで彼女の膝の上にいた犬がどうなったのかと思い辺りを見回すと、それはハーリーティの傍らにそっと置かれていた。
「私は…」
「キメラの思考にやられたのだ」
ハーリーティは美鈴を膝の上から下ろすと優しく微笑んだ。
そうだ、私はキメラの激しい感情に耐え切れなかったのだ。美鈴の脳裏に意識を失うまでの記憶が蘇る。美鈴はハーリーティの瞳を見る。それは変わらず優しい光をもって美鈴の眼差しを受け止めていた。
「あれらの怒りの声を聞いてどう思った?」
ハーリーティの静かな言葉が美鈴の胸に染みていく。
「そして、私の怒りをどう思う?」
ハーリティの声はあくまでも優しかった。
それが美鈴には辛く響く。なぜなら彼女にはハーリーティの問いに対する答えが無かったからだった。
それを読み取っているのだろうか、ハーリーティの瞳が暗く光った。
「お前にはやはり無理なことか…」
美鈴は申し訳な下げに頭を下げた。
「怒っているのは、わかっているんです…。でも、私にはどうしたら、どうしてあげたらいいのか、わからないんです」
その言葉にハーリーティは俯いた。
「お前には酷なことをしたのかもしれない…」
「いえ、そんなこと、ないです…。私達が悪いのですから…」
「私もどうかしていたのかもしれない。なんの責任もないお前に怒りをぶつけてしまったのだからな」
静まり返った中、二人は言葉を交わし続けた。
不思議なことにキメラの感情はこれを邪魔しようとはしなかった。ただじっと二人の会話を聞き入っている、そんな感じだった。だが決して怒りが収まったわけではないことは美鈴にも感じ取ることができた。
「私たちはどうすれば償うことができるのですか?」
美鈴はおずおずと言葉にした。
その言葉にハーリーティは慈悲深い瞳で微笑む。
「お前一人にそれを求めるのは酷というものだろうな…」
ハーリーティの溜息が聞こえる。
「これは大人でなければ解決できない問題だろう?それをお前が背負う必要はない…」
「でも、それでは…」
「いいのだよ。私たちは怒りに任せて事を焦りすぎた…」
その声には寂しさが含まれている。
「お前は危険を犯してまでここに来て私の話を聞こうとしてくれた。あれらの怒りを聞こうとしてくれた。今の段階ではそれで十分だ…」
ハーリーティは寂しそうに美鈴に微笑む。
「私たちはきっと変われると思います…」
美鈴の言葉を、彼女を包んでいる空間が耳をそばだてて聞いている。
「今すぐには無理だと思います。でも…」
言いかけた美鈴の唇をハーリーティの人差し指がそっと触れる。
「もういい、何も言わなくても」
そしてハーリーティは言葉を続ける。
「私はこの魂達を引き連れてあの場所に帰ろう。そしてお前たち人間が変わっていくさまを見届けることにしよう。お前の言葉を信じてな…」
ハーリーティはそう言うと数歩後退り美鈴との間に距離をとった。
「さあ、もう帰るといい。ここもそう長くない…」
そっと何かが美鈴の背中を押した。それは優しく、しかし強い力だった。その力は美鈴の心を包み込み、次第のキメラの心の外側に彼女の心を押し出していった。
そうして美鈴は『紅い菊』の中に戻った。
キメラが消えていく…。
それは陽炎のように揺らぎながら次第にその形を失っていく。
そしてついにキメラは跡形もなく消え去った。
まるでこれまでの破壊がなかったかのように…。