いちようらい福
聡太の仕事は、いわゆるパティシエだ。開発の進む住宅街の一角にあるその洋菓子店は、有名店で、近隣住民はもちろん、わざわざ他県からも、お客が集まる。
6時50分ごろには、コックコートに着替えた聡太は、仕事を始める。
有名な進学校の高等学校を卒業し、心配する親を余所に、半ば強引に実家を出て、今の店に雇ってもらった。もう8年目だ。
仕事は慣れたもので、早速、クレームパティシエールを炊く、カスタードクリームのことだ。
普通は新人が炊くのだが、朝と昼の2回炊くうちの、朝は、聡太が自ら、炊きたいと言って、任されている。
聡太は、クレームパティシエールの味は、店の味、つまりそれだけ重要なものだと考えている。
まず牛乳を鍋に入れ、火にかける。店で使うのは、低温殺菌で、ノンホモジナイズドの、濃厚な牛乳。そこに、マダガスカル産の最高級バニラビーンズを、丁寧に割き入れる。そして、卵を割る。卵黄が黄金に輝く有精卵。その卵黄と、グラニュー糖と、国産小麦を泡だて器で、力強く合わせる。このブランシールという作業は、クレームパティシエールの口当たりを左右する大切なポイントで、店では、しっかりと空気を含ませ、白くもったりとした状態にする。
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