危険すぎる大人だから、近づきたくなる
小生意気が取り柄
やるだけのことはやった。全く折り目のついていなかった教科書、友達にコピーさせてもらったプリント、ノートに過去問。全て、目だけ通した。
花の女子大生という名に相応しく、毎夜遊びほうけていた中津 綾乃(なかつ あやの)は、進級がかかった試験を明日に控え、午前零時までは、ばっちり机に向かっていた。
いつにない精神力で完全集中。これを逃せば次はない。朝まで寝ずにやれば、必ず結果は出る。
という気持ちだった。だが、一旦集中力が途切れるや否や、少し寝た方が逆に実力が出せるのではないか? と、ないはずの力に期待し、見直しなどは明日の朝にして、部屋の明かりを消したのだった。
学生のアパートに相応しい1Kの自宅。電気を1つ消せば、真っ暗になる。
最後の気持ちとして、目覚まし時計は5時半にセット。万が一目が冴えたら、もう一度見直そう。
ベッドの中に入ると、久々に疲労した瞼はすぐに閉じられる。だが、足元が寒い。雨なのに厚手のパジャマを洗濯したのが失敗だった。毛布の下は薄っぺらい布のパジャマだけ。
冬の寝しなは、いつも猫が欲しいと思う。真冬に猫に温められて寝るなんて、ちょっと素敵だ。と毎年思いながら、今年も飼っていない。
両膝を抱えて、顔半分まで毛布を被って、静かに息を整えた。
ピンポーン…。
午前零時過ぎ。近所迷惑もいいところ。
こんな時間にこんな音を鳴らすのは、1人しかいない。覗き穴で確認しなくても、すぐに分かる。だけど、せっかく温まりかけた布団から出るのは面倒くさいし、第一明日は試験だ。
躊躇した。のは、つもりだった。
私は音を聞き、ドキンと体を一度震わせると、すぐに玄関のドアを開けていた。
「……どちら様ですか?」
皮肉混じりで、最初の一言。
「今仕事が終わったんだ」
私より、30センチも高い大男は、狭い玄関にさっと入る。
「寝てたのか?」
「明日大事な試験なんで」
「上に上がれるかどうかの瀬戸際か?」
フン、と笑う奴の勘はいい、が、一々人の勘に触る物言いをするのが難点だ。
「……ちょっとだけね。お茶飲んだら、帰ってください」
こんな奴でも礼儀をわきまえているつもりなのか、私がそう言うまでは決して靴を脱いだりしない。
葛城 雄一(かつらぎ ゆういち)。職業、クラブのオーナー。都内にいくつもの高級クラブをかかえる実業家だ。
だが、先日、店舗の1つが警察のガサ入れに遭ったらしく、裏の顔は不明。年齢……そういえば、不明…35歳くらいかな。もしかしたら、結婚しているのかもしれないし、していないのかもしれない。
一言で言えば、アクドイお金持ちのオヤジ。乗っているベンツはいつも運転手がついているし、スーツもすごく良い物のような気がする。
良いのは顔だけ……。それは認める。年相応なんだけど、切れ長の目とかが、すごくセクシィだ。
でも、こんな所で女子大生相手にしているようじゃ、まだまだだと思う。
葛城との出会いはもう半年以上前になる。当時の私は合コンに参加しては、一夜君を発掘し、毎晩のように心身共に精進していた。
その夜は、お目当ての子がイマイチ乗りが不自然で、少し迷いながらも二次会に参加したところだった。
その、店のカウンター席に座っていたのが、葛城だった。
私は葛城の後姿を目にしただけで、その空気に吸い寄せられた。ダークスーツの大きな背中。後ろになびかせ固められた、黒い髪。
私のハンター精神は素早く反応し、何も思考することなく、グラスをならす葛城の左隣に座った。そこで、初めて顔を確認する。
まず、目に入ったのは、少し吊った切れ長の瞳。額には、少し前髪がたれており、それが良い具合で目にかかっている。無駄に焼けていない肌に、まっすぐの眉毛をはじめとする、目鼻口は整頓されて並び、仮面のようでもあった。軽く香る香水は、多分ブルガリ。
端正だが、愛想のない顔つきは人を避けているようにも見え、いつもの男子学生とは全く違う、クールな大人の男がそこに演出されていた。
「……オジサン……暇?」
百戦錬磨の私も、いつもと違う雰囲気に押され、気の利いた言葉は何一つ浮かばない。
「……。ガキを相手にするほど暇じゃない」
「これでも私、20歳超えてるんですけど」
必殺アイテムのぱっちりとした大きな瞳をグッと近づけ、相手の出方を待つ。
葛城は、バーボンを片手に、私の上から下まで舐めるように見てから、
「ガキはガキだ。お前じゃ、酒のツマミにもならん」
完全にシカト。だが、今更引き下がるわけにはいかない。次は、これでもかと、左腕をくっと掴んで魔性スマイル。
「試してほしいな。オジサンがどれくらい大人なのか。私は知りたい」
こんな貧相なセリフを使ったのは、いつぶりだろうか。いつもは言葉自体いらない。ただ、微笑んでさえいれば、カモは必ず罠に嵌るのだ。
だが葛城は、さっと腕を払ったかと思うと「チェック」とマスターに飛ばした。
さすがの私も身動きがとれないほど、ショックを受けた。が、奴は立ち上がるなり、
「行くんだろ? ホテル」。
総合評価は、まあ……最高……かな。オヤジだけあって、ちゃんと避妊はするし、要点も得ている。ホテルもちゃんとしたシティホテルだし、もちろんホテル代もあっち持ち。
いや、本当はそんな簡単な評価基準じゃない。甘い言葉でうっとりさせ、泣くほどのいじらしい愛撫で視界を奪ってから、気絶まぎわまで責め倒しながらも平静を装う。
一夜にしておくのは絶対に惜しい……名前くらい聞けば良かったかな……。
しかし、「発つ鳥後を濁さず」ってのが私の座右の銘だから仕方ない。ここは一つ、余韻に浸っておさらばとしよう。
なんて軽く考えていた次の日、奴は突然アパートのチャイムを鳴らした。
花の女子大生という名に相応しく、毎夜遊びほうけていた中津 綾乃(なかつ あやの)は、進級がかかった試験を明日に控え、午前零時までは、ばっちり机に向かっていた。
いつにない精神力で完全集中。これを逃せば次はない。朝まで寝ずにやれば、必ず結果は出る。
という気持ちだった。だが、一旦集中力が途切れるや否や、少し寝た方が逆に実力が出せるのではないか? と、ないはずの力に期待し、見直しなどは明日の朝にして、部屋の明かりを消したのだった。
学生のアパートに相応しい1Kの自宅。電気を1つ消せば、真っ暗になる。
最後の気持ちとして、目覚まし時計は5時半にセット。万が一目が冴えたら、もう一度見直そう。
ベッドの中に入ると、久々に疲労した瞼はすぐに閉じられる。だが、足元が寒い。雨なのに厚手のパジャマを洗濯したのが失敗だった。毛布の下は薄っぺらい布のパジャマだけ。
冬の寝しなは、いつも猫が欲しいと思う。真冬に猫に温められて寝るなんて、ちょっと素敵だ。と毎年思いながら、今年も飼っていない。
両膝を抱えて、顔半分まで毛布を被って、静かに息を整えた。
ピンポーン…。
午前零時過ぎ。近所迷惑もいいところ。
こんな時間にこんな音を鳴らすのは、1人しかいない。覗き穴で確認しなくても、すぐに分かる。だけど、せっかく温まりかけた布団から出るのは面倒くさいし、第一明日は試験だ。
躊躇した。のは、つもりだった。
私は音を聞き、ドキンと体を一度震わせると、すぐに玄関のドアを開けていた。
「……どちら様ですか?」
皮肉混じりで、最初の一言。
「今仕事が終わったんだ」
私より、30センチも高い大男は、狭い玄関にさっと入る。
「寝てたのか?」
「明日大事な試験なんで」
「上に上がれるかどうかの瀬戸際か?」
フン、と笑う奴の勘はいい、が、一々人の勘に触る物言いをするのが難点だ。
「……ちょっとだけね。お茶飲んだら、帰ってください」
こんな奴でも礼儀をわきまえているつもりなのか、私がそう言うまでは決して靴を脱いだりしない。
葛城 雄一(かつらぎ ゆういち)。職業、クラブのオーナー。都内にいくつもの高級クラブをかかえる実業家だ。
だが、先日、店舗の1つが警察のガサ入れに遭ったらしく、裏の顔は不明。年齢……そういえば、不明…35歳くらいかな。もしかしたら、結婚しているのかもしれないし、していないのかもしれない。
一言で言えば、アクドイお金持ちのオヤジ。乗っているベンツはいつも運転手がついているし、スーツもすごく良い物のような気がする。
良いのは顔だけ……。それは認める。年相応なんだけど、切れ長の目とかが、すごくセクシィだ。
でも、こんな所で女子大生相手にしているようじゃ、まだまだだと思う。
葛城との出会いはもう半年以上前になる。当時の私は合コンに参加しては、一夜君を発掘し、毎晩のように心身共に精進していた。
その夜は、お目当ての子がイマイチ乗りが不自然で、少し迷いながらも二次会に参加したところだった。
その、店のカウンター席に座っていたのが、葛城だった。
私は葛城の後姿を目にしただけで、その空気に吸い寄せられた。ダークスーツの大きな背中。後ろになびかせ固められた、黒い髪。
私のハンター精神は素早く反応し、何も思考することなく、グラスをならす葛城の左隣に座った。そこで、初めて顔を確認する。
まず、目に入ったのは、少し吊った切れ長の瞳。額には、少し前髪がたれており、それが良い具合で目にかかっている。無駄に焼けていない肌に、まっすぐの眉毛をはじめとする、目鼻口は整頓されて並び、仮面のようでもあった。軽く香る香水は、多分ブルガリ。
端正だが、愛想のない顔つきは人を避けているようにも見え、いつもの男子学生とは全く違う、クールな大人の男がそこに演出されていた。
「……オジサン……暇?」
百戦錬磨の私も、いつもと違う雰囲気に押され、気の利いた言葉は何一つ浮かばない。
「……。ガキを相手にするほど暇じゃない」
「これでも私、20歳超えてるんですけど」
必殺アイテムのぱっちりとした大きな瞳をグッと近づけ、相手の出方を待つ。
葛城は、バーボンを片手に、私の上から下まで舐めるように見てから、
「ガキはガキだ。お前じゃ、酒のツマミにもならん」
完全にシカト。だが、今更引き下がるわけにはいかない。次は、これでもかと、左腕をくっと掴んで魔性スマイル。
「試してほしいな。オジサンがどれくらい大人なのか。私は知りたい」
こんな貧相なセリフを使ったのは、いつぶりだろうか。いつもは言葉自体いらない。ただ、微笑んでさえいれば、カモは必ず罠に嵌るのだ。
だが葛城は、さっと腕を払ったかと思うと「チェック」とマスターに飛ばした。
さすがの私も身動きがとれないほど、ショックを受けた。が、奴は立ち上がるなり、
「行くんだろ? ホテル」。
総合評価は、まあ……最高……かな。オヤジだけあって、ちゃんと避妊はするし、要点も得ている。ホテルもちゃんとしたシティホテルだし、もちろんホテル代もあっち持ち。
いや、本当はそんな簡単な評価基準じゃない。甘い言葉でうっとりさせ、泣くほどのいじらしい愛撫で視界を奪ってから、気絶まぎわまで責め倒しながらも平静を装う。
一夜にしておくのは絶対に惜しい……名前くらい聞けば良かったかな……。
しかし、「発つ鳥後を濁さず」ってのが私の座右の銘だから仕方ない。ここは一つ、余韻に浸っておさらばとしよう。
なんて軽く考えていた次の日、奴は突然アパートのチャイムを鳴らした。
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