結婚白書Ⅲ 【風花】
3.芽生



「手を離して……」



和史の手を軽くふりほどいた



「誰かに見られたら恥ずかしいじゃない 課長にも見られたかも」



誰よりも 遠野課長に手をつないで歩く姿を見られたくなかった



「なんでだよ 見られたっていいじゃないか」



和史の声は 少し怒っていた

しばらく黙って歩いていたが……


「部屋によってもいいだろう?」 和史がたまりかねて話しかけた



「今日はダメ これから実家に行くの」


「聞いてないよ なんで今頃言うんだよ」



和史の機嫌はますます悪くなる



「だって急だったのよ お母さんから呼び出されたの

明日 親戚の法事があるから絶対に出なさいって 仕方ないじゃない」



親戚の法事なんてウソだった

母に ”たまには帰ってきなさい” と言われていたのは本当だったが

それは今日でなくてもいいこと

部屋に行けば 必ず彼は私を求めてくるだろう 

今夜和史と そんな気分になれなかった



お互い気まずい雰囲気のまま車に乗り込んだ

私の部屋の近くまで来て車を止めた和史は 乱暴に私を抱きしめ

荒々しいキスをしてきた

彼を拒んだひけめもあり なすがままにされていたが 次第に大胆になる

手の動きに彼を押しのけた



「やめてよ こんなところで」


「だったら部屋に行こうよ」


「だから今日はダメだって言ったでしょう!」




不機嫌な和史と別れて実家に向かう


彼の乱暴さに腹が立っていた

自分の都合で 彼を怒らせたとはいえ 

欲望が見え隠れした彼の行為は許せなかった



気分を変えよう……

好きな曲が入ったCDをかける

夜の海岸線の道路は車も少なく空いていた

海側を見ると 月が大きな姿で追いかけてくる

水面に月が映り キラキラと波が光っていた


今夜の課長 オシャレだったな

ジーンズにラフなジャケット 

ネクタイがなくて 首が開かれたシャツから肌が見えて

男性の肌を見てセクシーだと思った

車を運転しながら いつもの自分とは違う私が思いをめぐらせていた





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