結婚白書Ⅲ 【風花】


喫茶店の類はほとんどないと聞いていたが 本当にそうだった

しかし 限られた場所で食することのできる物は どれも美味しかった



「イギリスの街にいるみたい……マフィンも紅茶も美味しい」

 
「メルボルンは 古いイギリスの雰囲気が色濃く残っている街だそうだ」



紅茶のカップを手で包み 香りの余韻を楽しんでいる

大事そうに一口含んだあと 満足そうな顔をした



「外国の街を歩くと 風景を楽しみながら考えごとをするの 

誰も私のことを知らないから心が軽くなるのね」


「だからか 今日は静かだと思ってた それで今日の考え事は何?」


「自分のこと……私 いままで クールだ冷静だって言われてきたの 

それはね 私がそう見せていたから……

誰かと対立したりトラブルを起こしたりしないように先に 

自分の中で何もかも解決してきたの

だから 誰にでも距離を置いて付き合ってきたんだなぁって」


「僕も同じだな 余計な諍いを避けたくて 

自分が我慢してすむことなら我慢してきた」
 

「でも それじゃいけないのよね」


「そういうこと」



朋代と顔を見合わせて笑った

私たちは いろんなところが似ていると この旅行を通じて感じていた

感情を押し込めて なんでもなく振舞ってしまうところなど 実にそっくり

だった

それではいけないのだと お互い気がついたことで 更に寄り添うことが

できたと思っている




夕方蓮見夫婦と合流し 彼らの友人夫婦 そしてマーチン牧師にお会いした

蓮見たちも結婚式以来だと 再会を喜び合っている


楽しい夕食会だった

ワイナリーを経営しているという 友人夫婦の持参した自慢のワインを中心に

話題が尽きなかった

聖職者の話を聞いてる感じは受けなかった

何気ない会話の中に 人としての教えを織り込んでいる そんな話し方を

する方だった

子供のことになると マーチン牧師は生き生きとした表情をされた



「子育てですか? 楽しいですよ 子供がいれば それだけ愛情は増えます 

決して減ることはありません」 


「子供が二人いれば 親の愛情はひとつが二つに分かれるのではなく 

倍になる そういうことですか」



私の問いかけに マーチン牧師は嬉しそうに頷かれた



「なぜそれができるのか 見返りを求めない愛情だからです」



深い言葉だと思った

無償の愛情を注ぐ 見返りを求めない

これこそが 自分たちに求められていることではないか

朋代も食い入るように話を聞いている 子供のことを重ね合わせているの

だろう

捜し求めていた答えを聞いたような気なした

それは 簡単でもあり とても難しいことでもあった



「今日はありがとう 気持ちの整理がついたよ」



蓮見に伝えると 彼は満足そうに微笑んだ



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