結婚白書Ⅲ 【風花】
「この写真 ゆうすげですね この場所は僕の実家の近くですよ」
桐原の義父の写真を居間に飾っていた 写真を見た各務君がそんなことを
言い出した
「本当かい? 珍しい花らしいね」
「まだ花の季節には早いですが 夏の花の時期には それはもう綺麗で
朝もやの中を散歩するのもいいものです
今の時期は 山野草が見られるはずですよ」
「散策できる場所なのかな?」
「えぇ 遊歩道がありますよ 道はなだらかですから
歩くのに不安はないと思います」
朋代の心配をしてくれたのか そんな気遣いも見せてくれる
転勤前にぜひ行ってみたいと告げると 案内しますと心強い返事だった
三月の半ば 朋代の体を心配して 義母が引越しの手伝いに来てくれた
「まぁ大きくなったわね 体調はどお?少しお腹が張ってるみたいね
無理しちゃだめよ」
着いた早々朋代のお腹に触れ 体の様子に敏感だった
「さっき買い物に歩いて行ったからでしょう 大丈夫よ心配しないで」
「重いものは持っちゃダメでしょう
それと肩より上に物を持ち上げないこと 絶対守ってね」
ひと通りの注意がすむと もう一度朋代の体を眺めて 本当に嬉しそうな
顔をした
「性別は聞いてないの?衛さんは男の子 女の子 どっちがいいの?」
「性別は聞いていません 生まれるまでの楽しみにしておこうと思いまして
元気に生まれてくれれば どちらでも……」
「和音ちゃん また男の子らしいわよ
高志の落胆ぶりが可笑しいって 笑ってたわ
ここも男のだったら ウチの孫は男ばっかりね それもいいけど……
女の子 欲しいわねぇ
ねぇ 衛さんもそう思うでしょう?」
私を振り向いた顔が同意を求めていたが 答えようがなく曖昧な笑いを返した
「ちょっとお母さん 今更変えられないのよ
そんなこと衛さんに言わないでよ」
「考えるくらいいいじゃない でも嬉しいわね こんな日がくるなんて……
朋ちゃん 良かったわね」
義母の声が涙を含んでかすれていたが 咳払いをして楽しいことを言い出した
「朋ちゃんが女の子を産んだら お雛様を買うんだって
お父さん張り切ってるわよ」
「えーっ やめて 当分官舎住まいなんだから
この狭い部屋のどこに飾るの 遠慮しておきます」
母と娘の遠慮のない会話
結婚を朋代の両親に反対され 暗澹たる思いで過ごした日々もあった
何度も足を運んで ようやく結婚の許しをもらえた日の 義父の顔が
ふと思いだされた
さまざまな葛藤のあと 娘を手放す寂しげな顔
あのお義父さんが 孫のために雛人形の用意を楽しみにしてくれている
その気持ちがありがたくも嬉しかった