結婚白書Ⅲ 【風花】


転勤を控えたある日

各務君に教えてもらった 山野草の群生地に足を運んだ

小道が敷かれ ゆるやかな道が2キロほど続いている


花の季節には少し早く 散策する人はまばらだった

来月になると もっと咲きそろうのだと各務君が教えてくれたが

良く見ると 冬枯れした草木のあいだから 新芽が顔をのぞかせている



「ゆうすげの開花時期は それはもう見事だそうだ 

朋代には忘れられない花だって言ってたね」


「そんな時もあったわね ゆうすげを儚げな花だって 自分に重ねて……

でも そうでもないみたい 

一夜だけの花を 美しさを誇るように咲くらしいの」


「見てみたいね でも今年は無理だしね」



朋代の腹部に目を落とした

ゆうすげが咲き誇る頃 嬉しいことが待っている



「その頃は 忙しくて花のことなんて忘れてるわね」


「これから いくらでも来る機会はあるよ」



花を見られないと残念そうに言いながら 数ヵ月後の自分を楽しそうに

想像していた

愛でることのできる草花は少ないが 自然の中に身をおき 

ゆったりと歩くのは気持ちのいいものだった



「まだ半分以上あるけど 体は大丈夫?無理はしないように 

お義母さんから言われてるからね」


「もぉ お母さんったら心配のし過ぎよ 

衛さんが何でも言うことを聞くから遠慮がないのね」


「遠慮なく頼りにされて 僕は嬉しいよ」


「衛さん お母さんのお気に入りだもの 

自分の息子より大事なんじゃないかって思うときがあるわ

そうだ 蓮見さん北海道に転勤だって 志津子さんからメールをもらってたの」


「北海道か そう遠くないね 落ち着いたら遊びに行ってみようか 

仲村さんは本省に転勤らしい 一足先に戻ってるからと言われたよ」


「本省なら当分転勤はないわね お会いしたいわね 

仲村課長にも夕紀さんにも……

なんだか懐かしい みなさんお元気かしら……」



懐かしいと口にでるくらい 時が過ぎていた

朋代に出会ってさまざまなことがあった


たくさんの人に助けられ 

手を差し伸べられ 


私たちは こうしてここにいる

これからは 手を携えて歩いていこう


この遊歩道のように

なだらかに 緩やかに

ゆっくり 一歩ずつ……



足元が悪くなり 朋代の手を取ると 柔らかな笑みが私に向けられた






           ・・・ 終 ・・・






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