結婚白書Ⅲ 【風花】
開け放した隣りの部屋では お嬢さんたちが 赤ん坊をあやす声で
賑やかだった
ひとしきり互いの近況を語り合い 話は二年を一緒に過ごした前の赴任地の
ことへと流れていった
「一番下の娘が生まれた場所でもあるし 私たちは三年いたからね
君たちのことも含めて思い出も多いよ」
「私も子供達も もう一度行ってみたいわねって 良く話すのよ」
「遠野君が転勤の挨拶状に 桐原さんと結婚したと書き添えて送っただろう
あれが職員に届いた時 すごい騒ぎだったんだ」
「そうでしたか……」
ある程度は予想がついていた
挨拶状を見て驚いたと 何人かから電話をもらっていた
「私もだいぶ問い詰められたよ どうして教えてくれなかったんだってね
しかし 君らの事を みんな気がついていなかったようだね
遠野課長と桐原さんが繋がらない いつの間にそんなことになってたのかって
あの頃 二人とも ずいぶんくしゃみをしたんじゃないか?」
朋代と顔を見合わせて 互いに苦笑いがこぼれた
仲村さんが 他の職員にどう説明してくれたのかわからないが
電話をくれた同僚達は 一様に好意的だった
「はは……くしゃみをしたかどうかは忘れましたが
あとからたくさんの職員にお祝いをいただいて 恐縮したのを覚えています」
「私は結婚を理由に退職しましたから
披露宴に呼んでもらうつもりだったのにって ずいぶん怒られましたけど」
「そうだったね そう言えば僕も桐原さんの結婚式はいつなんだって
みんなに聞かれて困ったもんだ」
「仲村さんにはお世話になってばかりで……本当にありがとうございました」
朋代と並んで頭を下げると 仲村さんも夕紀さんも目を細めて
礼を受けてくれた。
「朋代さん ご実家を離れて子育ては大変でしょう
ましてや初めての土地だもの」
「母に頼りたいと思うときもあります でも衛さんが手伝ってくれるので
心強くて……」
「そうね だけど遠野さんも忙しいでしょう 帰りだって遅いんじゃない?
お風呂なんて一人で大変でしょう」
「それが……庁舎の隣りが官舎なので そんなときは夕方一度帰ってきて
この子をお風呂に入れて また仕事に戻ってくれるんです」
「まぁーっ 遠野さんってそんなに優しいダンナ様なの いいこと……
ねぇ聞いた? 貴方そんなことあったかしら?」
夕紀さんの大げさな驚きに 仲村さんはバツの悪そうな顔をして私を睨んだ
「遠野君と比べるなよ 僕だってほかの事で手伝ったじゃないか
都合の悪いことは忘れるんだな」
「えぇ そうよ」
しれっとした顔で答える夕紀さんの顔が可笑しくて 朋代も私も笑いを
こらえきれなかった
「息子に会わせようと思っています」
「そうか……君らももうすぐ本省へ帰ってくる頃だろう
そうなれば 今までより頻繁に会う機会が増える
兄弟がいるのをいつまでも隠してはおけないだろう」
「賢吾がどんな反応をするのか心配ではあるのですが……」
「そうでしょうね……でもね 子どもって順応性が高いのよ」
夕紀さんの前向きな言葉に そうあって欲しいと願うだけだった