結婚白書Ⅲ 【風花】


「友達に言われたの 覚えてる? 真理子」


「あぁ 何度か一緒に食事をしたね 覚えてるよ 彼女が何か」


「今だから言えるけれど……私 貴方が離婚を言い出したとき 

真っ先に貴方のことを疑ったの 

他に好きな人ができたんじゃないかって」


「……」


「でね 真理子に相談したの そしたら彼女に言われたわ……」


「真理子さん なんて……」



小夜子がこれから何を話し出すのかと思うと 体中が震えるほど動揺していたが 

それを悟られまいと 精一杯の虚勢を張って尋ねた



「”小夜子 もしも衛さんがそうだったら それは本気よ” って 

彼女そう言ったの 

遊びで女の人と付き合うなんてこと 衛さんには無理だって……

私もそう思ったわ だから怖かった」


「怖かったって」


「貴方のことを調べて もしそれが本当なら 私たちの間には 

もう愛情は存在しないってことでしょう

そんなの……そんな風には考えたくなかったの」  


「小夜子……」


「だから別れる理由を探したわ 結婚を続けていけなくなった理由をね」



運ばれてきた前菜にフォークを入れながら 小夜子は昔を懐かしむように 

5年近く前の自分の思いを並べた

当時聞くことの出来なかった 彼女の心情だった

そういえば なぜ別れなければいけないのか それがわからないと

小夜子はしきりに口にしていた

私は私で そんな彼女が腹立たしく なんて身勝手なのだと思うだけだった



「自分を納得させたかった 私を嫌いになったから別れるんじゃない 

それじゃ他の理由ってなに?

そう考え始めて ようやく気がついたの……私は仕事を選んだんだってね……

そして貴方は そんな私に幻滅した」


「僕は君が仕事を続けることを反対したんじゃない そうじゃないよ」


「それはわかってる もう少し私の話を聞いて

貴方から地方赴任の話がでた頃 私にも教室を開いたらって話があったの

今まで勉強してきたことを試したかった 

生徒さんを持って教えて 自分ももっと高いところを目指したかった

一生の仕事にしたい 本気でそう思っていたの 

だから……それには別れて住むしかないでしょう

私は結婚生活より仕事を取ったってことよね」


「それが離婚に同意した理由か……」


「えぇ 最終的にはね……だけど そこにたどり着くまでにずいぶん悩んだわ

私にとって あの頃はとても良い環境だったから それを壊されたくなかった

離婚が仕事で不利になるとは思わなかったけど 

夫がいるかいないでは 周りの目が違うもの 

自分が可愛かったの……今頃言っても仕方ないことばかりね

わぁ美味しそうね 食べましょうか」



ランチの時間で店内はかなり込み合っていたが 周りの会話は耳に入って

こなかった



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