結婚白書Ⅲ 【風花】


出された料理にナイフを入れ 切った肉をフォークで口に運ぶ

口で噛んではいたが 味などまったく感じず 皿の上の料理を無理やり

腹におさめ デザートが運ばれてきても 先ほどの肉に どんなソースが

かかっていたのかさえ覚えていない

確かにお互いの方向性の違いが 別れた大きな理由ではあったが 

小夜子と婚姻を解消する前に朋代とかかわってしまった

それを隠していることが苦しくて 小夜子の言葉になんと返そうか 

そればかりを考えていた



「僕も悪かった もっと君と話をしていたらと思った 

賢吾にかわいそうな思いをさせてしまった」


「貴方はもともと口数が多いほうではないもの 

私たち 会話が不足してたのは確かね

賢吾のことは そうね……小さいあの子がどう思ったか……

でも両親が精神面をフォローしてくれたから

特に父には感謝してるわ」


「お義父さん お義母さんはお元気?」


「えぇ 元気よ 賢吾のことではずい分助かってる 

だから安心して仕事を続けられるの

でもね 以前のように 母に頼りっぱなしにはしないように

気をつけてるつもり」


「そうか 僕はなにも助けてやれなくて……」


「うぅん そんなことないわ 今の状態は私にとってベストかもね」


「いずれはこうなることだったってことか……」



乾いた会話で締めくくった自分に嫌気がさした

自分たちの目標のため 結果的に賢吾が犠牲になった それについては 

私も小夜子も口をつぐむしかなかった



「再婚したのよね……話したいことってこれでしょう 

賢吾の話を聞いてるとそうじゃないかと思って」


「もっと早く話そうと思ったんだが言い出せなくて」


「ふふっ 貴方らしいわね」


「何が?」


「指輪 私に会うからはずしてきたんでしょう 

そんな気遣いいらないのに 指輪のあとって案外残るのよ」


「うん……」


「ホント変わってないわね生真面目なところ お子さんは?」


「この夏に生まれた」


「おめでとう……衛さん 子ども欲しがってたものね 良かったわ 

賢吾にも兄弟が出来たのね」


「賢吾に会わせるよ いいかな」


「良いも悪いも そんなこと 私に気を遣わないで 貴方は賢吾の父親だもの」



そのとき 小夜子の顔が寂しげに微笑んだと思ったのは 私の思い過ごし

だろうか

かつて愛した女性の背中を見送りながら 別々の道を歩んでいく運命だった

のだと自分を納得させ 私はようやく落ち着きを取り戻した

子供達の待つ家に向かいながら さきほど感じた罪悪感をどこに置いて帰ろうか

そんな勝手なことを思いながら ポケットに入れていた指輪を薬指に戻した




< 129 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop