結婚白書Ⅲ 【風花】

家に帰ると これまではすぐに走って迎えに来てくれた賢吾は来ず 

朋代が迎えてくれた

家の奥からたくさんの笑い声と歓声が聞こえてくる



「おかえりなさい 寒かったでしょう」


「ただいま 冷え込んできた 今夜は雪になるんじゃないかな」



朋代も私も今日のことに触れずにいた

夜ゆっくりと時間の出来たときにでも話をすることにしよう

そんなことを思っていると また大きな歓声が聞こえてきた



「楽しそうだね 賢吾はどうだった?」


「赤ちゃんが可愛いって 抱っこするって言うんだけど賢吾君には重そうで」


「そりゃそうだろう」


「あの子 寝返りしたのよ 賢吾君が手を添えたらコロンって 

それでさっきから大騒ぎなの」



脱いだコートを朋代に渡し居間へ急いだ

”あら おかえりなさい” 母だけが振り向いて声を掛けてくれたが 

それもすぐに視線を戻す 

家族中が赤ん坊の寝返りに注目している最中だった

ようやく寝返りのコツを覚えた子は 何度も何度も寝返ってみせる

そのたびに大きな歓声に包まれ 小さいなりに得意そうな顔に見えた





姉夫婦の家族と両親 それに我々を含め総勢10人の夕食は賑やかだった

9歳の男児にしてはおとなしい方だが 今夜の賢吾は歳相応にはしゃぎ 

悪ふざけをしすぎて 私に怒られるといった場面もあった

夕飯のあとだった 賢吾が従兄弟たちと遊びに興じているのを見計らって 

朋代が言いにくそうに話し出した



「賢吾君なんだけど……赤ちゃん可愛いねって言いながら 

あの子の手や足をつねるの

ダメよって言うとやめてくれるんだけど 見えないところでまた……」


「賢吾が? あとで言い聞かせておくよ」


「衛 あんまり賢ちゃんを叱っちゃだめよ 

いままで一人で可愛がられていたのに兄弟が出来て嫉妬してるの

賢ちゃんだって いけないことだってわかってるのよ」


「あの……お父さんをとられたと思っているんでしょうか……」



朋代は自分と子どもの存在が 賢吾にそんなことをさせいると思ったようだ



「そうね お父さんだけじゃない 

今まで可愛がってくれた朋代さんも赤ちゃんの世話で忙しいし

おじいちゃん おばあちゃんも小さい子の方に目がいくもの 

みんな僕を見てくれないって思ってるでしょうね

嫉妬してるの ウチなんて年子だったでしょう そりゃすごかったわよ

生まれたばかりの寝てる子を叩いたり そうかと思えば赤ちゃん返りして 

おっぱい飲むって言うし

それとおんなじ 我慢して良い子のふりをするよりいいじゃない 

当たり前の反応よ」



姉が経験者らしい言葉をくれ 朋代は少し安心したようだった

風呂からあがり寝るまでの間 賢吾を膝に抱き話をしたが 姉に言われたように

賢吾の悪戯については触れずにいた

 

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