結婚白書Ⅲ 【風花】
夕紀さんの料理は本当に美味しい
凝った料理ではないが あっさりとした味付けで素材の良さが生きている
仕上げの雑炊まで お腹いっぱいいただいた
「明日は休みだし ゆっくりしていくといいよ」
ウィスキーのグラスが並べられ
部屋には私達だけになった
「遠野君 なにがあった 気になってたんだ」
マドラーでグラスの中をかき混ぜながら 私の顔を見ずに仲村さんが聞く
「別に なにもありませんよ」
「そんなことはないだろう 私には隠すな」
仲村さんは何を言いたいのだろう
私のどこを見て こんな事を言い出したのか真意を測りあぐねていた
「桐原さんが原因かな」
どうしてそれを……
動揺を隠せなかった
「その顔は……やっぱりそうだったか
どうして私が気がついたのか知りたそうだね」
答えられなかった
誰にも気取られないように振舞っていたはずなのに
「初めは 桐原さんの様子がおかしいことに気がついたんだ
もともと明るく振る舞う子じゃないが 最近は沈みがちの顔が多かったからね
本人に聞いても 大丈夫ですと言うばかり
だから 仲のいい水城さんに聞いたんだ
そしたら、彼女が付き合っていた彼と別れたらしいと……」
そこまで言うと 仲村さんが私へグラスを渡した
「失恋が原因だとばかり思ってたよ でも違ったようだね
彼女の視線の先には 遠野君 君がいたんだ」
えっ 彼女が私を見ていたと……
「このところ 君の様子も変だったし これは もしかしてと思ってね
一度 君に聞いてみようと思ったんだ」
手に持ったグラスの氷が カランと音をたてた
「仲村さん 妻以外の女性を想うことは やはりいけないことなんでしょうね」
「君も桐原さんを……そうだったのか」
そう言ったっきり 黙ってグラスを傾けている
奥の部屋から 小さくテレビの音が聞こえてくる
それほど ここは静かだった
「君はどうしたい?」
やや沈黙があって 正面から真剣な顔が問いかけた
「わかりません でも 彼女の事を思い切ることはできません
これだけは はっきりしています」
「そうか……だが大変だぞ 経験者の私が言うんだから 間違いないよ」
そう言って グラスを口に運んだ