結婚白書Ⅲ 【風花】
10.暗示
彼女が かいがいしく私の世話をする
汗をかいたパジャマを取り替え
ベタついた肌を 熱いタオルで拭いてゆく
「熱が下がるまで シャワーは我慢してくださいね」
取り替えられたシーツに身を沈めた
さっきまでの湿った感触がなくなり 新しいシーツは
さらりとした肌触りが気持ちよかった
玄関をあけて そこに立っていた彼女を見たときは驚いた
仲村さんから
「若い職員をそっちへやったから 病院へ連れて行ってもらうといい」
そう 電話をもらっていた
病院への車の中で 彼女に怒られた
「病気の時は 私に連絡してくださる約束だったでしょう
どうして電話をくれなかったんですか」
「どうしてと言われても……」
「こんなに熱が高いのに 動けなくなったらどうするんです」
「もともと喉が弱いから いつもの熱だと思ったんだ 寝てれば治ると思った
それに 君に迷惑を掛けたくなかった」
「迷惑じゃありません どれほど心配したか」
そういうと あとは押し黙ってしまった
検査の結果 肺炎ではなく 風邪による高熱だと診断された
休養と水分補給を言い渡され 熱が下がっても 二日間は休養するようにと
医者に言われた
マンションへ戻って 着替えると
「とにかく寝てください シーツと枕カバーを替えましたから」
彼女に無理やりベッドへ寝かされた
薬のせいか 眠気が襲う
どれくらい寝たのだろう
目が覚めたとき 目に入ってきたのは 部屋を掃除する彼女の姿だった
「目が覚めましたか 気分はどうですか?」
ベッドの縁に腰掛けて 私の頬に触れる
「汗をかきましたね 着替えてください」
独り言のようにしゃべって 私の世話をする
今日は 何度着替えただろうか
そのたびに 私の体を熱いタオルで拭き 体を横たえてくれた
余計なことは何も言わず
私の看病と 部屋の片づけを黙々とこなす姿があった
想いを打ち明けあった日
あの日から元の二人に戻るため 必死に想いを隠し続けた
けれど もう限界に近かった
仲村さんの問いかけに 自分の本当の気持ちを知り
彼女への想いを偽れなくなっていた
事務所では 周りの目もあり なんとか耐えられた
だが 今 目の前に彼女がいる
すぐにでも触れたかった
この腕に抱きしめたいと 熱にうかされながらも思い続けていた
しかし 一生懸命に看病をしてくれる彼女のために思いとどまった