結婚白書Ⅲ 【風花】
11.恋情
すがるような目が私を引き止める
「もう少し ここにいてくれないか……」
人恋しいのか いつもの厳しさはどこにもなく
頼りなげな彼の目
”男って病気になると 本当に気弱になるのよ
ちょっと体調が悪いと 重病人みたいに寝込むんだから”
母がよく言っていた
本当にそうだわ 今日の遠野さんは子どもみたい
彼が眠るまで側にいて 夜中近くに自分の部屋に戻ってきた
仲村課長から 遠野さんが病気だと聞いたとたん
何かにたぐり寄せられるように 彼のマンションに向かった
今まで押し込めていた彼への気持ちも
箍が外れたように 加速していった
私にも こんな情熱があったなんて……
人は私を クールだ 冷静な人だという
自分でもそう思ってきた
彼への恋愛感情は 私の中に埋もれていた激しい感情を
引き出したのかもしれない
翌日 彼は 爽やかな顔で私を迎えてくれた
「熱もすっかり下がったよ 体調も戻ってきたし 食事にでも出掛けようか」
これだから心配なの……
「だめです 風邪は治り際が大事なのに 高熱で体力を消耗したんですよ
病院でも言われたはずです
熱が下がっても 二日間は安静にしてくださいって」
不服そうな顔が こちらをうかがっている
「そんな顔をしてもダメです」
黙々と部屋の掃除や洗濯をこなした
そんな私の態度に 不満そうな顔をしている彼を横目で見ながら……
「朋代は冷たいね」
彼が ためらうことなく ”朋代” と呼ぶようになった
「冷たいと思われても結構です 貴方の体の方が大事ですから」
振り向きもせずに答える
すこし意地悪を言い過ぎたかな……
片付けが一段落して彼のそばにいったが 不機嫌そうに新聞を読んで
私を振り向こうともしない
「遠野課長が こんなへそ曲がりだったなんて
きっと誰も知らないでしょうね」
「朋代が意地悪を言うからだよ」
まだ機嫌が悪そうだ
苦虫を潰したような顔って こんな顔なんだろう
眉間にしわを寄せ 口は真一文字に結ばれたまま
この人は そんな顔さえ素敵だと思う
「何を見てるの 僕の顔がそんなに珍しい?」
新聞から目を離さずに言う
「うぅん 素敵な顔だなぁと思って」
堪えきれずにといったように 彼が吹き出した
「朋代には負けたよ 君といると退屈しないね」
ようやく新聞から目を離し いつもの笑顔に戻った