結婚白書Ⅲ 【風花】
遠野さんが東京へ帰ったのと入れ違いに 兄夫婦が帰省してきた
「だいちゃんのハイハイ ものすごいスピードね
あっという間に移動してるもん
おしりがモコモコ動いて小熊みたい 可愛いわねぇ」
みんなの注目は 小さな大輝だった
ふと 壁の写真に気がついた
「あら この花初めて見たわ 儚げだけど きれいな花ね」
父の趣味は 花の写真を撮ることで 引き伸ばして額に入れては
季節ごとに玄関や客間にかけかえている
「きれいだろう ゆうすげといって 夕方から咲きだす花なんだ
夏の暑い盛りに涼しげに咲いてくれる 旅行したときに撮ってきたものだ」
父が気がついたかと言うように 嬉しそうに教えてくれた
「夕方から咲くなんてもったいない
誰にも気づかれず ひっそりと咲くなんて寂しいわね」
「寂しいか……そうかもしれんが
毎日 毎日 夕暮れ時になると咲き続ける 健気な花だよ」
すぅっと伸びた茎の先に 黄色のゆりに似た花をつけている
一晩咲いて 朝もやの時間が過ぎると萎んで また夕方咲くのだという
「お義父さん お電話だそうです」
和音さんが父を呼びに来た
父が部屋を出るのを確認すると
「朋ちゃん」
和音さんが 待っていたように声をかけてきた
ふたりで目配せして庭に出た
「遠野さんと どうなったの?」
あれから 和音さんには時々電話をして 話を聞いてもらっていた
「彼 息子さんの運動会のために東京に帰ってるの
奥様とも話し合ってくるって 待ってて欲しいって言われた」
和音さんは心配そうに聞いていたが 安心した顔になった
「それじゃぁ 遠野さんは 奥様と離婚するつもりなのね」
「そうだと思うけど……」
「思うけどって 朋ちゃん 貴女といずれは結婚するって言われてないの?」
「うん ハッキリとはね ただ待ってて欲しいとだけ」
和音さんが 珍しく不快な顔をした
「男の人って どうしてハッキリ気持ちを伝えられないのかしら
まさか このまま家庭も守りながら朋ちゃんともって
そう考えてるんじゃないでしょうね」
一番考えたくないことを口にされ 体の芯が疼いた
「私は大丈夫だから 元々結婚願望もないしね」
彼のことを悪く言われたくなくて 強がりを言ってみる