結婚白書Ⅲ 【風花】
翌朝も……
「まだ怒ってるの?いい加減機嫌を直してね
父親がそんなんじゃ 賢吾のためにも良くないわよ
明日は大事な試験日なんですからね」
暢気なことを言って 仕事に出掛けていった
妻とは すでに気持ちが離れていた
朋代に出会わなくても 妻との距離は遠ざかっていただろう
互いを思いやれなくなってしまった私たち
妻は いまだに そのことに気づいていない
仕事が充実して 昔からの夢を叶えつつある彼女
これから先も 東京を離れるつもりなどないのは 安易に予想がついた
私の地方赴任は また数年残っている
気持ちの離れた夫婦が このまま離れて暮らすのは ますます溝を
深めるばかりだ
結婚生活を解消することが 私たちにとっても良い結果をもたらすのではないか
だが 賢吾のことがひっかかる
息子にはなんの罪もない
親の勝手で 辛い思いをさせるのかと思うと不憫だった
翌日 息子の試験会場に一緒に入り 保護者面接も無事に終えた
試験官の良好な手ごたえに 妻は息子の合格をほぼ確信したようだった
父親の役目を果たし 私も肩の荷が下りた
休暇はあと二日
妻と どうやって話をしたらいいのか 思いあぐねていた
本省へ顔を出し 形ばかりの挨拶をすませると
友人達に誘われるまま 夜の街へ出掛けた
「遠野 まだ一年もたってないなぁ 地方勤務は長く感じるだろう?」
「いや そんなことはないよ 思っていたより気楽だよ」
「そうか 俺も来年は地方に出るだろう 女房が子供の学校の心配をしてるよ」
友人に単身赴任はするなよと 知った顔で意見した自分が情けなかった
帰宅するのは気が重かった
このままではいけないと思うのに 妻になかなか本心を言い出せない
息子の入学まで待つか
いや そんなことをしていたら ズルズルと答えを先延ばしにしてしまいそうだ
帰宅したが家には誰もいなかった
妻の実家に電話をすると
「賢吾はここに預かってますよ もう寝ましたから 今日はこのままでいいわね
明日迎えに来てくださいね」
義母の声だった
「そうですか では 明日の朝伺います 賢吾をお願いします」
すまなさと やるせなさを感じながら電話を終えた