結婚白書Ⅲ 【風花】
15.困惑
泣かないつもりだった
泣いたら負けてしまいそうだったから
家族に反対されても 彼のことは絶対にあきらめないと決めていた
どうして これほどこの人を好きになってしまったのだろう
惹かれてはいけない人だと 思えば思うほど 彼に気持ちが傾く
「朋代 どういう事かわかってるのか!」
いつも穏やかな父が 声を荒げた
初めて見る父の怒りだった
わかってるわ
わかってるけど どうしようもない想いなの……
父が 一冊の雑誌を家族の前に持ってきた
それは 職員やOBに配られる機関誌で 年度初めに発行されたものだった
そこに載っていた 「新任者の紹介欄」
【遠野 衛・・・家族は妻と息子が一人】
母の狼狽 兄貴の怒り
和音さんにまで迷惑を掛けてしまった
「私達ね まだケンカしたことないのよ」
そう言っていたのに 兄に叱責された和音さん
あの日の情景が繰り返しよみがえる
ここ数日 ほとんど寝ていない
彼は 私の涙に驚いたようだったが 何も聞かずに
ただ 黙って抱きしめてくれた
車を運転しながら 遠野さんが辛そうに奥様との話をする
「時間がかかりそうだ すまない……」
彼が”すまない”と口にしたのは もう何度目だろう
「私のマンションは都合が悪いの 遠野さんのところにお願い」
私の様子が変だと思っているのだろう 彼は頷いただけだった
いつもなら私が淹れるコーヒーを 今日は彼が出してくれた
そばに座り 私が話し出すのを待っている
「両親が 遠野さんのことを知ってしまったの……」
「えっ どうして」
家で起こった出来事を話した
父に追求され 母には泣かれ 兄は怒りを露わにしていた
マンションを引き払って 家に帰ってこいとも言われた
和音さんが間に入ってくれたお陰で 最悪の事態は避けられたが
それでも充分衝撃を受けた
「大変だったね」
膝の上に彼の手が置かれた
「うぅん 私ね 今回のことでわかったの 遠野さんをどれだけ好きか
どんなことがあっても この想いは誰もにも邪魔されたくないと思ったの」
彼が ふっと口元で微笑んだ
「君は強いね その強さに僕は惹かれた
このクールな顔のどこに そんな強さがあるんだろうね」
彼の手が 私の顔を愛おしそうに撫でていく
その優しい手が 今の私には救いだった