結婚白書Ⅲ 【風花】
頭をスッキリさせたくて ここ数年来やめていたタバコを手にした
海沿いに車を止め まだ真っ暗な海に目を向けながら火をつける
久しぶりに吸う煙は かなりの刺激を伴った
胸に吸い込んだ煙は決して美味しいものではなかった
泥のように混沌とした思考
明確な答えを求めて タバコが次々と 足元に落とされてゆく
結婚後も料理の勉強をしたい いずれは仕事にしたい
そんな妻を理解し 応援もしていた
あの頃は 家事や育児も 積極的に手伝っていた
いつの間にか 実家の親に頼り 私もそれが当たり前になってきた
彼女もいつしか家のことが後回しになり 夫婦の会話も減ってきた
賢吾の話題だけが 夫婦をつないでいたような気がする
生活も 気持ちも すれ違ってきたのはなぜか
妻だけの責任ではない
賢吾が生まれ もう一人子供が欲しいと言った時
彼女は もう子供はいらないと言った
仕事をしていくのに 二人の子育てはハンディがありすぎると……
あの時から 彼女との対話に諦めを持った
私が何を言ったところで 彼女には通じない
妻の言うように したいようにさせてやるのが
家庭生活を上手くやっていく方法だと
そんな 諦めにも似た感情を抱きながらこれまで来てしまった
そんな風にしてしまった責任は 自分にもある
だが……噛みあわなくなった歯車は戻るのか
いや……戻らないところまで来ている
こんな両親の状態は 賢吾にとっても良くないはずだ
しかし そう言い切っていいのか
妻のことより 賢吾の心が心配だった
どうしたら賢吾の負担が軽くなるのか
煙の刺激が 次第に頭を鮮明にしてきた
一番強い想いは何か
そう思ったとき 真っ先に朋代の顔が浮かんできた
彼女と この先一緒に歩んで生きたい
妻との離婚を あらためて決意したのは 夜明け前だった