結婚白書Ⅲ 【風花】
17.流転


「これからの人生を君と歩いて行きたいと思っている」



待ち望んだ言葉だった

両親や兄に反対され 家には私の居場所がなかった

家を出ることなど いまの私には何でもないこと

けれど 彼の言葉に思いとどまった



「ご両親に 誠意を持って話をしようと思う」



誰にも認めてもらえない私達の関係

彼だけがいればいいと思うけれど 

時々 それさえも不安になる





暮れも押し迫った30日 遠野さんは東京に帰っていった

本当に待っていてもいいのだろうか

奥様との話し合いが上手くいかず このままの状態が続くのではないか

賢吾君のために離婚を諦めるのではないだろうか

私と別れると言い出すのではないか

なにより 私のことが奥様に知られてしまったら……

考えられる最悪の事態ばかりが 頭に浮かぶ


私はいい 自分で決めたことだから 

たとえ奥様に知られ責められても 自分の正直な気持ちだと言い切れる

でも 彼はそうはいかないだろう

彼の気持ちを疑ったことはない ないけれど

どんなに純粋な気持ちでも 常識的には許されないことだから



「朋代のことを妻に言うつもりはない これは僕ら夫婦の問題なんだ」



遠野さんは そう言ってくれた

そうまで言われると 私は待つしかなかった




年末 一旦は実家に帰ったが 両親の執拗なまでの説得にあい 

逃げるように自分のマンションに戻ってきた

初めて一人で新年を迎えた

他の部屋の住人は留守なのか マンション全体がひっそりとしている

買い物以外 外にも出ず 誰にも会わず過ごす正月の侘しさを存分に味わった




遠野さんが帰ってきたのは 年が明けて三日目の夜

空港から直接私の部屋に来てくれた

この部屋で ひとり 年を越したのだと告げると

やるせない顔をして 少し乱暴に抱き寄せると 私を腕の中に閉じ込めた


あぁ やっぱりこの人が好きなんだと 

腕と胸の温かさを感じながら あらためて思った




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