結婚白書Ⅲ 【風花】


食事を二食抜き 胃の調子も戻ってきたのか空腹感に襲われた

マンションをでて 大通りにでる


昨日 彼女はここでタクシーを降りて 私を支えながら歩いたんだな

胃のむかつきに襲われながらも 彼女の体の柔らかい感覚は

しっかり感じている

無心に介抱する彼女に悪いと思いながら 若い女性と密着しているのは

決してイヤではなかった

むしろ心地よさを感じていたなんて とても言えないな


桐原さんは 隣の課の職員

他の女子職員と少し違う雰囲気を持っていた

女の子特有の群れることもなく だからといって孤独でもない

淡々とした語り口調が印象的で 他の女の子と一緒に大声で

騒ぐことはなかった

スッキリとした顔立ちからか クールなイメージが強かった


見てないようで 彼女の事を見てるもんだ

自分で気がついて苦笑した

彼女の姿を思い出すと 私の中で甘い感覚が動き出す



「仲村課長に教えてもらった 郷土料理の店にいってみるか」



くすぐったい感覚を打ち消したくて 歩きながら独り言がでていた


単身赴任者に人気の店だと聞いていたが カウンターは

その手の顔らしいのばかり

気兼ねなくカウンターに座る と同時に後ろから名前を呼ばれた



「遠野課長」



振り向くと そこには桐原さんの姿があった

彼女は一人ではなかった

とりあえず 昨夜の礼を言う 

ただ 部屋まで送ってもらった礼を言うのはためらわれた

彼女の連れに誤解されそうだったから……


もう大丈夫ですか……と心配そうに尋ねる彼女に



「朝から食事をしてないんだ さすがに腹が減ってきてね」



彼女が本当に安心した表情をする

そして 隣の男性を紹介した



「同期の野間さんです こちら 4月に着任された遠野課長よ」



野間と名乗った男性は 役職と勤務地を言って 軽く会釈をした

彼女と親しそうだ 彼氏かな なんとなく残念な思いがした


ガッカリしたといった方が正しいか……

はは どうして私がガッカリするんだ

ふと 昨夜の彼女の柔らかい体の感触を思い出した

あれくらいで惑わされるなんて どうかしてる……

単身赴任一ヶ月でこのザマか 情けないね


にこやかに彼女の横に立っていた彼が 思いついたように言い出した



「課長 一緒にどうですか?」



誘われて 彼らと一緒の席に着いた



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