結婚白書Ⅲ 【風花】


「この時期に本省に出張とは珍しいじゃないか 何か問題でも起きたのか」



彼の出張理由を聞いてきたのだ



「うぅん 研修だって 管理職研修みたい」


「今年は早いな いつもは年明けだろう 年末に研修なんて今までなかったよ」



局のOBでもある父は 私たちの仕事を熟知していた



「お父さんが仕事をやめて何年になるかしら……よく覚えてるわね」


「30年以上勤めたからな 好きな仕事だから続けられた 

お前だってそうだろう」


「お父さんと同じ仕事の方が何かと便利かなと思ったの 

ここを離れるつもりもなかったもの」


「そうか……」


「桐原さんの娘さんだねって みなさんにもすぐ覚えてもらえたのよ」



私が今の仕事を選んだことを一番喜んだのは父だった

娘さんが同じ職場なんていいですねと 入省時良く言われ 満更でもない

顔の父の姿を思い出した


小さい頃は いつも父のそばにいた 父が帰ってくると 父の膝に滑り込み 

晩酌の間 膝のぬくもりを感じていた

高校生の頃 帰りが遅いと 心配して駅に迎えに来てくれたのも父だった

電車の時間が遅れても 必ず待っていてくれた
 


「お父さん 私の帰りが遅くなると いつも迎えに来てくれてたわね

たまにお母さんが来ると お小言ばっかりで……

でも お父さんは怒らなかった」


「遅くなるだけの理由があると思っただけだ 

朋代は小さい頃から無茶なことはしない子だったからね 信用していたよ」



衛さんとの事は そんな父の信用を裏切ってしまったのだ 頑なな態度が 

何よりの証拠だった



「お父さんの信用をなくしちゃったわね……

期待に添えなくて……ごめんなさい」



思わず出てしまった言葉だった

父が汗をぬぐう 寒い時期だというのに 力仕事をしたせいか 

額に汗がにじんでいた



「朋代 どうしても あの男じゃなきゃだめか」


「……うん……」



作業の手を止めて 初めて私の方を向いた



「そうか……」


「何度も諦めようと思ったの いけない事だってわかってた 

でも できなかった……

お父さんには理解できないわね 許してもらえないことよね」



父はそれには答えず 植えたばかりの梅に目を落とした




< 81 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop